![(Who's Afraid of) The Art of Noise_ [Remastered].jpg](https://tawagotosakonosamu.up.seesaa.net/image/28Who27s20Afraid20of2920The20Art20of20Noise_205BRemastered5D.jpg)
先の楽曲「Shout」では、楽曲中盤に「SARARR」が活躍するブリッジがあるので、この当該箇所で如実にお判りいただけるかと思いますので次の動画の埋め込み部分を耳にしていただければと思います。
扨て、この特徴的な音色「Sararr」ですが、アート・オブ・ノイズの「Moment In Love」でも楽曲冒頭から用いられているので、非常に有名であり且つ広く親しまれていた事をあらためて窺い知る事が出来るでしょう。
これらの楽曲が流行して5、6年もすると、世の中はアナクロニズムを追求する様になり、フィルターの効いた音色とかアナログ・シンセ・サウンドへの回帰などが見られ、突如としてデジタル系の音は忌避されるかの様に変化します。
まあ、世間一般の好事家達があっさりと宗旨替えしてしまえるその節操の無さにも驚いてしまう訳でありますが、アナクロニズムに舵を切る頃にE-muからハードウェアの1Uラック・マウント・ユニット音源として「VINTAGE KEYS」がリリースされる事となり、これに「Sararr」の音色が内蔵されていたのは、今や知る人ぞ知るという情報になってしまうのではなかろうかと己の加齢を重ねる事にもあらためて驚く事頻りであります(笑)。

私自身VINTAGE KEYSを所有しておりましたが、この音源で一番気に入っていたのはハモンドB3の音色です。まだまだこの頃はコルグから01/Wシリーズも出ていなかった位であり、01/Wがコンシューマー・レベルでもアナクロニズム回帰を決定付ける製品であったろうと私は記憶しております。
結果的に、シンセサイザーはアナログ・サウンドへの回帰が求められる様になる訳であり、RolandのJD-800はかなり耳目の欲を集める製品となっていた訳ですが、メモリがまだまだ高い事もあって、メーカー各社はユーザーの要望に応えようと古いヴィンテージ楽器(ハモンド、ローズ、ウーリッツァー、クラビネット等)を搭載しようとするのですが、価格が思いの外高価になる事に加え、それらの音色キャラクターも多岐に渡るものですから、搭載する音色として絞りきれないというもどかしさが使い手にもヒシヒシと伝わる位であり、製造側も使用者も非常に苦労したのではないでしょうか。
フェアライトの全盛期では、サンプリングの使われ方が《現実世界には無い様な音へと加工してしまおう》という編集を志そうとする人が多かったのですが、アナクロニズムの頃となると《過去の音源の再現》という風に丸っきり方向性の異なる方へシフトしていった訳です。
こうした流れにより、E-muは当時からの豊富なライブラリを販売する様になり、ハードウェアよりもライブラリで売る様に変化していったのでありますが、サンプラーのフォーマットで最もシェアを拡大して行ったのはAKAIであり、次点でローランドのS-760ではなかったかと思います。そうして、今から30年前の1995年の頃となると、サンプラーと言えばAKAIかS-760フォーマットが主流になっていたという時代へと移り変わっていたのです。
AKAI S-3200XLですと32MBのRAMを搭載し、フィルターも内蔵していたのでこれが最大の魅力でありました。拡張リバーブも内蔵し、フルピッチのSCSIケーブルをSCSIスイッチャーを介してMOドライブ(!)とMacと直に接続してやり取りができた専用アプリケーション「M.E.S.A.」を用いて私も編集に勤しんでいた事があった物です。
その頃のサンプラー・ライブラリの多くはAKAIフォーマットが主流でしたので、サードパーティーから多くのライブラリが賑わっていたのですが、Universal Soudn Bankという所から「The Art of Sound」と銘打って2枚組のCD-ROMがまあまあ良い値段で販売されていた訳ですが、これに「Sararr」が入っていたのは結構驚きではありました。

CD-ROM2枚目のB32番に収録の「Fairlier」という音色名で「Sararr」は収録。とはいえ、「この音、いつ使うんだ!?」位の印象でしか無かったのでありましたが、たった10年程の月日の流れでしかないのに、時代の変遷とはこれほどまでに冷酷な物なのかとあらためて実感した思いでありました。
しかも今やこのライブラリはインターネット・アーカイヴでダウンロードが可能となっており、ISOイメージを作ってAKAIフォーマットさえ読み込み可能なサンプラーで読み込みが可能となっているのですから恐ろしい時代です。
とは言うものの遉の「Sararr」をそう簡単には使わせない様に配慮されている為か、オリジナルの「Sararr」の音色の1オクターヴ下で別のボイス系パッドがオクターヴ・ユニゾンで鳴るのがデフォルトとなっており、しかもステレオ・サンプリングである為この音色をスンナリと「Sararr」として用いるのは難しいのであります。オクターヴ下がオクターヴ・ユニゾンとして鳴っているデモが後に挙げる物となります。
これを「Sararr」に仕上げるにはiZotopeのIrisが登場するのを待たねばなりませんでした。Irisは当時のMAGIXのSpectraLayers Pro(現Steinbergに買収)と同様、オーディオ波形の一部のパーシャル(部分音)を抽出・拔萃した編集が可能ですので、オーディオの同一タイム上の全位相でしか編集できない類のオーディオ編集とは異なり、狙ったパーシャルおよび帯域を編集する事が可能となるのです。
そこで、Iris2に「Fairlier」の左チャンネルのオーディオ・ファイルを次の様にインポートします。そうするとオーディオのソノグラムで下部に白っぽく水平に伸びているのが最低音の部分音で、これが本来の「Sararr」のオクターヴ下に付されたオクターヴ・ユニゾンのパッド音の正体です。
その部分を避けてリジェクトし、それ以降の低域をハイライトさせずにウワモノだけをハイライトさせます。こうする事でカラーが維持されている部分だけが鳴らされる状況となるという訳です。こうした編集も含めて後ほどあらためて詳述します。
扨て、95年から新たに7年の歳月を経た2002年、AppleがEMAGICを買収してWindows版のリリースは無くなり、製品ラインナップも見直される事になります。そうして2004年にLogic Pro 7がリリースされる様になります。それまで別売りとなっていたソフト音源などが同梱される様になり価格は10万円以内に収まる様に販売される事となります。当時はこれでも相当安く感じた物でありました。
更にその後2007年にLogic Pro 8へアップデートとなる訳ですが、ハードウェア・ドングルも不要になったバージョンです。
そしてこの頃、EXS用のサンプルに「Sararr」と思しき音がライブラリに追加されます。現在ではインストゥルメント音源「Sampler」からの〔App Presets > 05 Synthesizers > Digital Waveforms > Retro Fair INIT〕という音色名にアサインされている訳ですが、オリジナルの「Sararr」よりかは明澄度が高くて鋭い音色がインストールされる様になっております。
Logic Pro 8位まではEXS側でAKAIやS-760フォーマットも読み込む事が出来たのですが、今ではEXSどころかNIのKontaktも機能を割愛する様になり、他社ライブラリの読み込みは難しい時代となってしまっているというのが現在であります。
そうして月日を重ねて2014年にiZtopeからIrisがリリースされるという事となる訳ですが、実質的にはIrisのリリースを待たねば高度な波形編集は難しかったというのが正直な所であります。世はアナクロニズムを経て80年代サウンドに回帰しようとすら変化していた訳ですが、新なる意味でDAW環境が広汎に及んでシームレスな作業を可能にする様になったのは大容量SSDが普及する様になってからではなかろうかと思います。それまでの間、ユーザーは多かれ少なかれ騙し騙し使っていた所があったと思います。
また、iPhoneの普及に伴いフェアライトの開発者Peter Vogel氏がiPhone用アプリの「Peter Vogel CMI」がリリースされたのが2011年。アプリ内課金でオプションの音色ライブラリを追加する事が出来る訳ですが、これはついつい使ってしまいました(笑)。iPhoneのサイズでフェアライトCMIを実現できるというのが好い。これには興奮してしまった物です。
まあ、オーセンティックな「Sararr」の音というのはこのVogel CMIこそが正統である訳で、それに準ずる様にしてArturiaのCMI Vとかが存在しているという物で、他はどうしても模倣となるのは言うまでもありません。
Arturia CMI Vが秀でているのは「Sararr」の品質に限った事ではなく、システム的に「2」以外の平均律を構築する事が出来るので、「3」の13等分割でボーレン゠ピアース音律とか、「5」の25等分でシュトックハウゼンの『習作Ⅱ』が可能になったりと、オクターヴ回帰ではない螺旋音律を組む事ができるのが凄い所で、Vogel CMIではこの機能は実装されていないので注意が必要です。
扨て、「Sararr」を波形レベルでチェックするとどういう感じになっているのか!? というとまあ次の様な感じです。

矩形波に三角波が混ざった様な、波形としては結構複雑な感じではあります。ノイズ成分が複雑さに一層拍車をかけているのでしょうが、くぐもった感じであるにも拘らず高域成分はノイズ部分で補完されており、嗄声を効かせた心憎い音の様にも感じます。
2013年にはYouTubeにてADSR Music Productionの企画で、Native Instruments(以下NI)のMassiveを用いてSararrの音色作りを懇切丁寧に解説する動画までアップされる様になりましたが、よもやMassiveであの音が作れるとは私自身驚いたものでした。
とはいえ動画では、パラメータを数値的に詳らかにするのではなく飽くまで視聴者に音を聴かせ乍ら解説しているので、その音に近い音を視聴者は手元のMassiveと聴き分け乍ら調整しないとうまく行かず、微妙なコントロールで制作されているので、パラメータが公表されない限りは同じ様な音になるのはかなり難しいと思います。それほど細かい所で音が変わる「ツボ」があるので、参考程度になればMassiveの新たな側面とキャラクターで何らかのヒントになる、その程度の軽い気持ちで動画通りに制作してみるのも面白いかもしれません。
私個人の感想としては、時間がある時に時間を無駄にしても構わないという思いで臨んだ方が宜しいかと思います(笑)。一応、Massiveにファクトリー・プリセットとしてNIが「Sararr 2000」と題する音色も用意されている訳でありますが、正直な所ADSR Music Productionの方が似ています。唯、それでもADSR Music Productionのそれは、パラメータが制作動画と全く同様の数値を得られない限りではソックリにはならないという側面があるので、「Sararr」を用いたい人には《似て非なる物》にしかならないのではないかとも思います。
音色比較の為に譜例動画デモをDoricoでササッと作ってはみましたが、「Sararr」の旋律やベースの動きなど、どれをとっても西洋音楽的に見たら理論的には有り得ない程の跳躍を見せているのでそれでも結構耳目を集めてしまう訳であるものの(笑)、「Sararr」の旋律が完全五度上行で跳躍する直前、ベースと「Sararr」はオクターヴ・ユニゾンな訳ですね。ベースも上行するのですが短六度上行する訳ですね。
つまり、一方は同方向で完全五度跳躍し乍らもう一方も上行で短六度と。結構コレは面食らいますし、「Sararr」が早々と五度上行を採るというのも旋律的には好ましくはないと言いますか。どうせ五度上行を目指すなら、その過程で他の音を使うという旋律を選ぶ方が理論的にはお行儀の良い作法なんですが、五度を早々と使う事で旋法的な状況を見せる事は可能でもあります。
とはいえ、ベースは低い [cis] からではなくて、その1オクターヴ高い [cis] から長三度下行して [a] を目指すというフレージングの方が適切ではないのかな!? と私は思ってしまう訳ですね。メロディーをどうしても変えたくないのであればベースのフレーズを変えればより良いフレーズになったかと思うのですが、まあ、こうしたアプローチもロック的な物と解釈して取り敢えずは原曲を最大限模倣する事を踏まえてデモを作ってみたというのが下記の音色比較の譜例動画デモとなる訳です。
まあ、楽理的な側面で指摘するのをかまびすしいと受け止められてしまうのもアレなんで、楽曲のデモの方を聴いていただくとしますが、1番最初はArturiaのCMI Vのプリセットである「Sararr」です。オリジナルの音なので、他の音も似せて作れば相当近付ける事でありましょう。
次はUniversal Sound Bankの"The Art of Sound" 内蔵の "Fairlier" ですが、オリジナルと比しても1オクターヴ低い音が付されているのがお判りになろうかと思います。オリジナルを再現するという意味では非常に邪魔な音となります。
前述の "Fairlier" はステレオ・サンプルであるのですが、[C2・C3・C4・C5] のそれぞれL・Rチャンネルのサンプルが割り当てられているのですが、1オクターヴを1つのサンプルで賄っている事で、C音より音程が大きく離れて行くと共に波形の再生は増四度/減五度を超えた時点で半分の時間で再生させてしまう訳ですから、波形の再現性という点では気を付けなければならない側面であります。
況してや「Moments in Love」の「Sararr」による主旋律は [cis] から完全五度上がって [gis] とそこから長二度下の [fis] である訳ですから、元のサンプルが [c] を基準に採っていることを勘案すると [gis] というのはかなり遠い音となり、波形の再現性となると難しくなって来る所でもあります。音色の部分音組成やサンプラーの音色再現性にもよりますが、短三度くらいになると再現性はかなり薄れて来ますので1オクターヴを1つの音で賄うのは相当難しいというのが正直な所でありましょう。
扨て、その "Fairlier" のC3に割り当てられているLチャンネルの波形をiZotopeのIris2にインポートしたのが次の画像です。
取り込んだ波形のソノグラム分布を確認すると判る様に、水平に伸びる白っぽい線が伸びている群が部分音の分布状況となっています。これらの分布の一番下の部分、つまり一番太く見える水平の帯状の部分音が今回不要とする1オクターヴ下で鳴っている音という事があらためてわかります。畢竟するに、この部分音より下の帯域は不要なので、必要な上部の部分だけをハイライトさせてリジェクトさせているというのが次の画像となります。
唯、このままの音だとリリースが不自然な程に切れてしまいますので、ENV1をMASTERのGainにアサインした後、ENV1のReleaseタイムを稼ぎます。無慈悲に途切れない所を探ってReleaseタイムを少し大きめに設定します。そうして出来上がるのが次のデモとなります。
こうして聴くと、出だしの [cis] はまだ好いとしても [gis・fis] の2音の音符のデュレーションが短く感じられるかと思います。MIDIデータ・レベルは何も弄っておりませんので、サンプル系の音色が五度・四度と上がって再生速度が短くなる事を考慮してデュレーションを増やす必要性があろうかと思います。それが如実に判るという例でもあります。
次のデモはLogic ProのSampler用のライブラリとしてデフォルトで同梱されている "Retro Fair INIT" です。
デモを聴いてお判りの様に、この音色では [cis] のデュレーションを長く採った方が好ましい様に思います。上方の [gis・fis] 音の再生クオリティは高く、[cis] のデュレーションさえ適宜調節すれば、かなりのクオリティで「Sararr」を使いこなす事が出来るのではなかろうかと思います。
次のデモは、ADSR Music ProductionがYouTubeで披露しているNI Massiveで「Sararr」の再現を企図した物を模倣して使っているデモですが、完全にデータが一致している訳でもないので散々なクオリティになっているのがお判りいただけるかと思います。
斯様にして《今さら「Sararr」》と銘打って往年のFairlightの伝説的な音色を再び取り上げてみましたが、80年代を感じさせる柔和な音色であり乍らも存在感のあるパッド音は、あらためて現今社会でも使える余地のある好ましい音色なのではなかろうかと思いますが、いかがでしょう!?