ザ・ビートニクス「Le Sang Du Poête」の複調と拍節構造と微分音の解説

 本曲「Le Sang Du Poête」は、YMOの高橋幸宏とムーンライダースの鈴木慶一の2人で結成されるユニットであるザ・ビートニクスの1stアルバム『Exitentialism(出口主義)』収録の第1曲目を飾る小曲であり、多くはその他の楽曲をメインに耳を傾けられる事で見落とされやすい楽曲であるものの、作りとしては大変凝っており、タイトルにもある通り「複調」「微分音」が使用された上で、基の拍子構造を惑わせるシーケンス・フレーズを組んで構成されている為、非常に解釈が厄介な作品でもあります。

EXITENTIALISM.jpg


 そんな楽曲であるにも拘らず、日本語Wikipediaで情報を探ってみようとしても本曲「Le Sang Du Poête」は見事に割愛されており、《この扱いこそが本曲の実際なのだ》という事を痛感させられるという物。特に、音楽素養が浅く皮相的理解で済んでしまえる様な連中にこそ軽んじて受け止められてしまうそういう悲哀なる側面を持つ楽曲でもあろうかと思われます。

 本アルバムは高橋の3rdアルバム『ニウロマンティック』の発売から半年ほど経過し且つYMOのアルバム『テクノデリック』の発売時期が重なるもので、高橋幸宏は本アルバムでもプロフェット5は勿論、コンサート・タムを用いたドラム・キットやイミュレーターと思しきサンプリングと思しき音もふんだんに活用されており、全体的に暗く、アルバム・ジャケットのインダストリアルな世界観を打ち出しているそれは、当時のダークな質感に靡く高橋幸宏のイメージが存分に伝わって来るアルバムのひとつでありましょう。

 扨て、先述した本曲の《基の拍子構造を惑わせる》という事についてでありますが、楽曲冒頭から入るプロフェットのショート・ディケイ・パッドの一連のシークエンス・フレーズのそれからは、すんなりと3拍子構造が読み取れない拍節構造となっており、それこそ変拍子で耳にしている方も居られるのではなかろうかと私は推察します。

 1拍3連符の3拍子構造という風に解釈しにくいのは、最初の拍で3連符の拍節構造を見立てたとしても次の拍が強勢を跨ぐ事で拍は「1.5拍」感が出てしまいます。これにより基の拍(パルス)構造を掴みにくいフェイクとなっている訳でありますが、その後に重ねられていくフレーズは小節線を意識した構造になっていない《無拍子》感が現れている事で余計に拍子構造が判りにくくなっています。




 何はともあれ、冒頭のシークエンスは《9つのパルス》という周期を読み取る必要性があり、これ自体は変拍子に慣れ親しんでいる人であればリズムに喰らい付く事自体は用意であろうかと思われます。

 そこで、その《9つのパルス》という周期を1小節として解釈する場合、パッと思い付くのは「9/8拍子」である訳ですが、今回は《1拍3連を基とする3/4拍子》として解釈する事にしたのです。その理由は、このシークエンスとは別のパートが、どんな拍子を充てようとも小節のド頭で入って来ようとしておらず、叛いていると。すると、1拍3連の拍節構造自体も通常の [2・4・8] で分割可能な状況を叛いている状況ですので、叛かないグリッドで他のパートを指し示した方がベターであろうという風に考えた訳です。

 無論、その様にして他のパートを考慮しても、かなりエグい所で入って来たりするのです。そういう意味でも小節線を考慮しない無拍子感があるものだと実感した次第です。

 加えて驚きの冒頭のシークエンスなのですが、ロ長調(Key=B)で書かれています。殆どの人は本曲をホ長調(Key=E)で捉えようとするのではないでしょうか!? 冒頭からのシークエンス以外が私の解釈は「ホ長調」なのです。しかも、このシークエンスに無理矢理コード解釈しようとすると、各小節頭で「E△7 omit3(on A♯)」という状況になるのであります(笑)。

 ホ長調で捉えようとする大半の方の聴き方も判らなくはないのですが、冒頭のシークエンスのコードをモロに感ずる部分で、音階外(=ノンダイアトニック)の「♯Ⅳ度」の脈絡となる音をベースに、そこで《3度抜きの主和音によるメジャー7thコード》というのはかなり逸脱している訳であります(笑)。

 私は別に、体よく収まってくれと申している訳ではないのです。Eメジャーを想起しているのに「♯Ⅳ度」の音が出て来たら、それはEメジャーではなく《Eリディアン》の脈絡なのです。但し、ロ長調の下属和音の体として叛こうとしているからこそ「E△7 omit3」という状況になる訳です。

 つまり、冒頭からのシークエンスを対位法的に「定旋律」と捉えた場合、属調から最初に始まるパターンなのであると。そうして他のパートが原調であり、それがホ長調という姿なのだと解釈する必要があろうという事で複調で書いている訳です。

 とはいえ、その「Eリディアン」は7リミットである必要がありますよ、という風に注意書きをしております。これは、原調の第7次倍音を基にEリディアンを見てほしいという事であります。

 こうした状況下で、しかもコードは便宜的に表せば「E△7 omit3(on A♯)」という状況。《ベースとウワモノで三全音離れてますやん》とツッコミ入れたくなる人は大多数でしょう。然し乍ら、このコードを三全音複調型の響きとして捉えない方が非常に多いのです。三全音など使っていないのではないか!? とまで聴いている人が過去に存在した位ですので。先入観とは恐ろしいモノです。


 そうして4小節目には「シンセ・パッド1」のパートが入って来ますが、コイツが厄介であり1単位八分音高い音でオクターヴ・ユニゾンを鳴らして来るという状況。つまり微分音がオクターヴ・ユニゾンとなっており、「C♯より25セント高」という状況で掛留します。この掛留の存在がある事で本曲に於てコードを充てるのは無理があると判断し、コード表記を充てていないのです。

 この微分音によるオクターヴ・ユニゾンを「遊離的なドローン」と解釈し、ドローンとなる音をコードに含めずに無理矢理コード表記する事は可能です。が、しかし。定旋律となるロ長調のそれを「E△7(♯11)omit3」において「♯11th」音をベースにする様な状況と表記を施した上で、原調をホ長調のままに書いた場合、原調の解釈が歪んでしまう訳です。原調はEリディアンというモーダル・トニックが [e] のEリディアンに過ぎず、ロ長調の音組織での旋法的振る舞いである事は疑いのない事実であるので、コード表記ばかりに拘ってしまうと真の状況が見えにくくなってしまうという事を回避した上でのコード表記の棄却という結論に達した訳です。

 尚、本曲は対位法書法で書かれている訳ではありません。複調を説明する際に対位法というのは非常に都合が良いので、対位法書法での呼称を利用し乍ら、複調の状況が対位法的に見た時に複調の状況が対位法書法で能く現れる状況に類する世界観であるという事を示しているだけの事です。

 それにしても、増四度相当の音が低音部にあり、尚且つ属調という複調。対位法書法で書かれておらずとも、彼等は対位法を意識していたのではないかと思うのであります。そもそも、西洋音楽の歴史で《増四度の掛留》を是認する書法を解説したのは、微分音やアルキチェンバロの方で有名なニコラ・ヴィチェンティーノでありますが、ヴィチェンティーノの実質的な微分音のそれについては現代では懐疑的に捉えられているものの、対位法書法としてはかなり興味深い物がある事が知られており、そのひとつが《増四度の掛留》なのであります。

 6小節目では「シンセ・パッド2」のパートで原調(☜後追いである)としてのホ長調の主音 [e] 音が現れ、全体的な世界観として「Eリディアン」がより強くなるという訳です。

 8小節目では、プロフェットのポリモジュレートを効かせたと思しきメタリックな音色でヘミトニック(=有半音五音音階)の断片フレーズを奏して来ます。音階に「半音」を含むという事はそれによって調的には2つ存在する《全音階的半音》のひとつが明確にするという状況となるので、これにて「ホ長調」側の性格がより一層際立つ事になっており、属調=ロ長調と原調=ホ長調という複調の世界が明確になっているという訳です。

 また、本曲の最小単位のパルスは32分12連符であり、その歴時は四分音符あたり1/12という分解能と同様になるので、1小節を48等分したものが「1パルス」という構造になっている事を念頭に置いて欲しいと思います。

 私の知る限り、Roland MC-8の分解能というのは現在のシーケンサー・ソフトやDAWアプリケーションの様に固定ではなく「可変的」であったのが特徴で、「タイム・ベース」として〔4〜255〕を与える事が出来るものであったと。テンポは偶数値のみ設定可能であり、テンポ×タイム・ベースの値が128以上である事が必須であったと。

 いずれにせよ、音楽的な分解能という風に捉えると高度合成数を用いた方が理に適った値であろうと思うので、恐らくは四分音符=1/24または1/48辺りを用いていたのではなかろうかと思います。

 余談ではありますが、坂本龍一のアルバム『千のナイフ』収録の「Das Neue Japanische Elektronische Volkslied」のイントロや本編を聴くと5連符が使われているので、タイム・ベースで他の高度合成数を割り当てていたのではないか!? という推測が成り立つのも、こうしたタイム・ベースが可変値であったという事で、一層興味深い制作舞台裏を想像する事が出来ますし、5連符の整合性があらためて判るという物でもあります。

 扨て、そのポリモジュレートを効かせたと思しき「シンセ・メタリック」のパートというのは、一連のヘミトニックの発音時の拍節状況は常に保たれているものの、実のところ、休符を挟んで間隔がそれまでより短くなり、早く発音される様になります。下記のピアノロール画面で図示しておりますので画像を拡大の上で参照願いたいと思います。

Le Sang Du Poête.png


 上掲図版の通り、最初の楽節こそ休符を置かずに5音1組の楽節は2組続いて10音を鳴らして休符を挟むという構造になっており、その後は5音1組で楽節を構成していますが、楽節間に置かれる休符は結果的に「11パルス」を挟んでいるという事になります。

 然し乍ら17小節目でその法則性は崩れ、休符は結果的に「8パルス」となります。以降この8パルスが楽節間を維持して展開される訳ですが、それ以上デモの制作を進めても複雑な楽節構造というものに変化はなく、デモの再現の方でテープの早送りのSEやらで厄介な事となるので譜例動画では19小節目に差し掛かる辺りでフェード・アウトする様に制作するに留めているのはご容赦願いたいと思います。

 ピーター・バラカンの声と思しきBPFが掛けられた声のそれは、発音終了から次のリピート発音までが27パルスという状況を保っている様です。というのも私は、本曲を採譜するにあたり、原曲のオーディオをインポートした上でテンポを合わせてグリッドを判別した上で本譜例動画を制作しているので、私がテンポ設定や小節線の位置を間違えていない限りは、今回の解釈で誤りはないのではなかろうかと信じて已みません。

 そういう訳でパルスを強調する訳でありますが、3つ目の「Radio Staric Noise」即ちトランシーバーが切れる時の音が「半パルス」遅れて発音されている様に私の制作環境ではズレが生じた事を明記しておきます。そうなると、オリジナルの方は四分音符の分解能が「1/96」に相当する状況で制作した可能性もあるでしょうが、ズレというのはその箇所だけで他のパートも普通に追従していたので、私は「瑣末事」と捉えておりますが譜例の方ではそのズレを反映させていないのでご注意ください。

 こうした細やかな1パルスを32分12連符として譜例の方では記しているので、あらためて注意していただきたい訳ですが、譜例14小節目で表している「Sampler1〜5」のパートというのは、電話のリング音の様な音の状況を示しているものであります。

 また、それら5つの声部で示されるリング音の内、5番目の「Sampler5」のパートのみトレモロが掛かっていないのはオリジナルを忠実に踏襲しているからであります。まあ、トレモロとは言っても機械的な「LFO」の有無を指し示しているという事になるのですが、発音タイミングとしては「Sampler4&5」の2つが同時であり、そこから1パルスずつ発音が遅れているのが特徴です。「Sampler3」が1パルス遅れ、「Sample2」が2パルス遅れ、「Sampler1」が3パルス遅れという構成になっています。

 尚、これらは結果的に半音階的なクラスターともなっておりますが、ダイナミクス(音量)はそれぞれ微妙に異なっているという所も注意が必要です。加えて、発音はパルス単位でずれてはいてもノート・オフは全て同時に切られるというのも特徴で、これはオリジナルの方では機械的にトータルにゲートで切っているからではなかろうかとも思ってもおりますが、これくらいならMC-8でも制御可能でもあるので何とも言えないのですが、ノート・オフが揃っているという所は強調しておきたい所です。

 トレモロ記号が読みづらさに拍車をかけているかもしれませんが、全体的な譜面(ふづら)としてはこれでもだいぶ考慮して採譜を施したのでありまして、その辺りもご寛恕願えたら幸いです。

 ともあれ、本曲の拍節状況を多くの人々の間で共有し合い乍ら、楽曲を決して軽んじて判断する事なく、深みある楽曲の構造を理解する事に繋がれば喜ばしい限りです。