スタンリー・クラークの奏するテナー・ベースの特徴的な拍節構造

 扨て今回は、スタンリー・クラーク(以下スタン)の特徴的な演奏を取り上げる訳ですが、中でも特徴的なひとつに挙げられるのは、スタン本人が「テナー・ベース」と称する [A - D - G - C] という、通常のベースの3弦であるA弦が最低音で標準的なベースのチューニングよりも完全四度高く調弦されたベースを能く用いてベース・ソロやリードを採る時のプレイにあります。

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 今回はそうした彼の特徴的なプレイが現れる曲のひとつであるアルバム『Time Exposure』収録の「Speedball」を挙げて分析してみようかと思います。

 一言でスタンのリードを採る時のプレイの特徴は、切迫した感が強く、リズム面に於てはかなり拍節構造が怪しくもなり(笑)、突っ込む様な感じが強く現れます。

 私個人としては、スタンのプレイはエレキ・ベースを弾いている時よりも断然アコースティック・ベースを奏する時の方が好きなのですが、寧ろそちらの方がトータルで見ても秀でているにも拘らず、アコベを奏する機会が少ないのが残念で仕方がありません。

 リターン・トゥ・フォーエバー(以下RTF)期ではリッケンバッカーのエレキ・ベースをも使用していたのですが、アレンビックのイメージが強い彼ですが、エレキ・ベースとなると途端に彼は短いスケールのベースを好む様です。

 確かにリッケンバッカーも33インチほどで通常の34インチの尺とは若干短いですし、アレンビックのテナー・ベースやピッコロ・ベースはショート・スケールであります。通常のレギュラー・チューニングのベースは標準のスケールだったと思いますが、アコベが相当長尺である事を思えば、やたらと短いスケールで細い弦をフロント・ピックアップよりも指板側で「ムチンムチン」とプラッキングの連続する様な音で掻き鳴らすのが特徴であるとも言えるでしょう。

 また、スタンの特徴的なプレイのひとつとして挙げておきたいのが、下行フレーズでの左手のワイドストレッチの運指に伴うフレーズと、右手の薬指→中指→人差し指という風に順に掻きむしるようにして左手の運指と併せて装飾音符を交えたフレージングでありましょう。

 そうした特徴的なプレイを約言してみると、例えば「ラ・ラ・ソ」という風に、ソは同音が続いて全音下行する音列があったとします。

 このフレーズを弾く際、多くの人はそれらの3音ど同一の弦上で弾こうとするでしょう。第2に、1・2番目の「ラ」の音を弾いた後に、低域の隣接弦の3フレット上(※1・2音目の「ラ」がG弦12フレットだとしたら、3番目の低域隣接弦はD弦15フレットという意)で弾こうとするのではなかろうかと思います。

 ところがスタンは次の様に「ラ・ラ・ソ」を弾きます(☜これを繰り返す)。

①G弦14フレット─「ラ」
②D弦19フレット─「ラ」
③D弦17フレット─「ソ」

 上掲の様な運指で弾く場合、②の音は①で弾いた音と同じ指で弾こうとしますが、スタンの場合は①を薬指で弾いたとしたら、その勢いのままで②の発音前に《装飾音》として薬指で「ラ」の音が鳴り、直後に中指で②の実音が鳴り、その後人差し指で③の「ソ」が弾かれる訳です。概ね、スタンの運指というのはワイド・ストレッチと薬指から入る右手のエコノミーな運指に依る物と思われます。

 こうした合理的な運指はビリー・シーンが影響を受けたと言われ、彼の場合は小指からのエコノミーな運指で高速なフィンガー・ピッキングを実現させておりますが、プレイのヒントはスタンからインスパイアされているのは有名な話です。

 そうしてアンヘミトニック(=無半音五音音階)のフレーズを忍ばせて他の弦へ拡張していく事で、細かな装飾音を纏い乍ら高速のエコノミーなピッキングでフレーズが掻きむしられる様に奏されるという訳です。

 無論、フレーズが上掲の様な2音列ではなく、3・4・5…音列の様に数が増えて来る様なフレーズを奏する時はストレッチの運指ではなく、〔1フレット:1指〕という風に通常の運指に転じます。ジャコ・パストリアスの様に常にストレッチを行なっている訳ではありません。

 下記に例示するフューズ・ワンの1stアルバム収録の「Grand Prix」などは典型的な2音列でのストレッチに伴う異弦同音でのフレーズでありますが、掻きむしり感がいつものそれよりも丁寧でゆっくりな運指である為、いつもよりも余計に運指がもつれている様な感すらあります(笑)。




 また、そうした「掻きむしり」というのは時に、フィンガリングの勢いだけはそのままに、元のリズムからはズレて行ってしまい、丁度収まりが好い所で「着地点」を図る為に、実際のプレイは複雑な連符の様な拍節感を生む事となります。

 また、押弦する音が少ない時というのは運指の側が楽である為か、実際のリズムよりもアッチェレランドとなって自分だけが突っ込んで行く様なフレージングになる事もあり、往々にしてソロを執っている時のスタンの拍節感はリズムから大分ズレて奏される事が多く、それが魅力となっているのであります。

 とはいえ、《ベースのスタンリー・クラーク、ピアノのジョー・サンプル》と言うと、フュージョン界では音の凸凹感が強く、聴き手を選ぶタイプのアーティストの代表格でもあり、リズム面のスタンリー・クラーク、ダイナミクス面のジョー・サンプルと言うと、まあ概ねそれは卑下している捉えられ方であり、正直な所、スタンの弾く拍節感の精度というのはかなり低い方で、自由奔放でリズムが悪いと形容されてしまう向きがあります。

 唯、そうした演奏の「ムラ」みたいな物はアコベを奏する時はかなり印象が変わるものであり、アコベでソロを執ってもプレイはかなり流麗になるのが不思議な側面でもあります。そう言う意味でも私はアコベの時のスタンが好きなのでありますが、まあ、今回はエレベの時のスタンの特徴的な拍節構造を分析しようという訳です。

 そういう訳で今回の譜例動画解説となる訳ですが、拔萃部分のコード進行などスタンの特徴が能く現れており短九度リープという対斜も現れたりするものの、これこそがジャズの真骨頂というべき跳躍で私はとても好きなフレーズなのであります。それでは特徴的な拍節構造の分析を確認する事にしましょう。




 本譜例動画は8小節を拔萃した上で伴奏などはオリジナルを踏襲し乍らも私の創作である所に注意をしていただきたいと思います。オリジナルの様にブラス・セクションでのスタッブはあらわれませんし、本譜例動画のデモで終止和音としている部分もオリジナルの方では無い物です。

 その上で私がオリジナルのプレイを踏襲しているのは他でも無いテナー・ベースによるリード音なのでありますが、譜例動画7〜8小節目をあらためて確認していただくと、各音符に数字が付されています。これは、16分音符のグリッドを四分音符換算の分解能=960の基準で見た時、どれくらいグリッドから外れているか!? という増減値になっています。

 つまりプラスの値であれば、グリッドよりも後発となり物理的に遅れて発音されている事を示しており、マイナスの値であればグリッドよりも前のめりで突っ込んだ発音となっている訳ですので、グリッドよりも早く発音されているという事を示している訳です。

 楽曲のテンポにもよりますので一概には言えませんが、四分音符=110前後のテンポでの±20位で逸れるのは許容範囲程度で、単なる誤差とも言えるでしょう。同時に発音したと思われる鍵盤の打鍵でもテンポにもよりますが、この位ずれるのは普通に有り得る範囲です。

 余談ではありますが、どんなに鍵盤を同時に打鍵したとしても発音として優先されるのはID値が低い鍵盤である事で低域側の鍵盤が早く発音されます。鍵盤のIDは7ビット長の低域側が優先的に発音される状況ですがMIDI1.0で換算してもMIDIケーブル上では0.5ミリ秒程度の遅延は起きるでしょう。

 それくらいの遅延ならば演奏上では然程問題は起こりませんが、スタンの「ここぞ」という時の拍節状況というのはかなりズレが大きいのが判ります。

 特徴的なのは、各拍の強勢(☜拍のド頭です)は然程ズレていないものの、弱勢はかなりズレが大きくなります。但し、当該部分の7〜8小節目での小説線跨ぎの所では、16分音符の拍節は最早64分音符のパルスよりもズレて突っ込んで弾かれている為、8小節目ではズレが矯正されないままズレをある程度保ってフレーズ的に着地しているという状況になります。

 とはいえ、テンポは四分音符=130辺りですので若干スピード感のあるテンポでスピード感を演出するという状況であるならば、こうしたプレイも好意的に解釈する必要はあろうかと思います。アレグロの疾走感という部分では十分すぎる程に演出されています。

 他のパートとのテンポからはかなり大きく逸れていようとも、聴き手がその逸れ方を許容して傾聴できるのは、ある一定以上のフレーズ(拍節)の牽引力が必要でしょう。それほどまでにスタンの演奏には耳目の欲を惹く演奏力があります。

 無論、そうした一人だけ突き抜けた状況を毛嫌いする様な捉え方をする人も居るので、凡ゆる人々にお勧めできるという訳でもありませんが、フレーズとテンポの牽引力があるという点では、ドラムの主張よりも大きくなる時がある(☜音量などの要素とは異なる存在感の意)という類稀なアーティストのひとりであり、そうした演奏力をシーケンサーのグリッド基準で検証してみると多くの示唆があると思い、あらためて譜例動画のデモとした訳です。

 楽譜ではそうしたズレ具合は埋没してしまう訳ですが、やろうと思えばなるべく平易な記譜スタイルで揺れ具合を表現する事も可能ではあります。唯その場合、今回の様にシーケンサーのグリッドとしての増減値が無意味になってしまいますので、あくまで楽譜上ではスタン特有の演奏は埋没してしまうものの、それは単に「標榜する」拍節感というものが消失してしまっている訳ではないのですから、増減値を付して語っているという訳です。

 尚、譜例中の装飾音符でスラッシュの有無による書き分けですが、スラッシュ付きが短前打音、スラッシュ無しが長前打音であり、短前打音の方が直後の音までの歴時が短いという事を示しています。

 あと付言しておきたいのは、6〜7小節目にかけて「Dm9 -> Em7 -> F♯m7」という風にマイナー・コードの平行和音が見られますが、この3度音程に跨る順次平行和音進行こそがスタンの特徴的なコード進行でもあります。以前にも「Campo Americano」の採譜で語った事がありましたが、興味のある方はそちらも併せてご確認いただければ幸いです。