誰もが騙されたであろうビル・ブルーフォードによる7拍20連符

 それは1987年5月22日金曜日の事。今や閉館して2年経とうとしている中野サンプラザでありますが、その後も再開発が頓挫しており、行政の思い描く青写真というのはなかなか巧く事が運んでいない様でありますが、そんな中野サンプラザでのライヴ当日というのが先の日付であります。

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 能々考えてみれば、当時の中野サンプラザはチャック・マンジョーネのライヴ以来の事。まあ、あの時もギターのグラント・ジェイスマン(☜実際の発音は〔ガイスマン〕が正当ですが、当時のソロ・アルバム類を日本のアルファ・レコードが版権を持っており〔グラント・ジェイスマン〕名義でリリースされていた事もあり、嘗ての出版事実に則った表記に倣っています)に度肝を抜かれた物でしたが、それ以来となるサンプラザ。まあ、顔ぶれからしても相当今回も度肝を抜かれるだろうと予測はしておりました。

 渡辺香津美がジェフ・バーリン、ビル・ブルーフォードを率いてアジア・ツアーを敢行していたという時期。私は最終日の関内ホールでも観たかったのですが、こればかりはチケットが取れませんでした。

 とはいえ中野サンプラザでは最前列。チャック・マンジョーネの時は上手(カミテ)ギリギリの13列目位の所で観ていても衝撃を受けた物でしたが、スパイス・オブ・ライフは最前列の中央ややカミテ寄り。

 香津美氏のピッキング音のデカい事デカい事。サンプラザを鳴らすPAスピーカーにステージ上の中の音。それから漏れて来る生音のピッキング音が聞こえて来る訳ですね。

《こんなにデカいのか!》

と、私自身香津美氏を最前列で観るのは初めてではないのですが、PRSを持った香津美氏はこの日が初めて。早速面食らった訳です。

 演奏直前、私の数席ほどシモテ側を隔てると、ソコがど真ん中だった訳ですがCharさんが鑑賞されておりました。Charさんにも驚きでしたが、恐らく招待しているのであろうな、と。Charさんも相当じっくりと鑑賞されておられました。

 この日の公演は、その後のレーザー・ディスクのものに加えてFM東京でも放送された物で、私も映像、エアチェック、記憶を絡めて堪能した物で、まあ度肝を抜かれたトリオでありました。

 ファン層としては、普段ジャズには縁遠そうな人も多い様に見受けられました。特にブルーフォードですから、プログレ系統という様な、ロックに傾倒する様な服装の人々も多かったかと思います。また、ジェフ・バーリン目当ての人が相当多かったと思います。


 漸く本題に入りますが、当日ライヴでの「Hiper K」という曲でのブルーフォードの鬼畜めいたフィルインがまあ凄かったのであります。7拍20連符。

 私の記憶が正しければ「Hiper K」は、ライヴ2曲目という演目。1曲目はCMにもなっていた(☜遉バブル期。凄い時代です)「Melancho」から続いてだったかと思います。

 本曲は冒頭からドラムは半テンポでビートを刻みますが、テンポは四分音符=170という所を採るので、まあ速い類の物であります。そこで魅せてくれました、ブルーフォード氏の7拍20連符!




 遉に渡辺香津美氏はおろかジェフ・バーリンまでも巻き込んで迷子にさせてしまった訳ですが、香津美氏が一番狼狽している様に思えます。それでも能く耐えて白玉を聴かせている所では、意識が飛んだのではなかろうか!? と思える程でしたが、いやあ凄かったです。

 私はFM東京のエアチェックで漸く採譜できた訳で、ライヴの現場では拍節構造を読み取る事が出来ませんでした。悔しいですけれどもね。唯、それが相当埒外な脈絡となるであろう、複雑な連符であろうという事は判ってはおりました。

 ライヴ終演直後、私の友人は《あのオカズ、13連符!? 何アレ!?》などと言っており、まあ恐らく「4拍13連」という風な意味合いだったのであろうと。3連符に聴こえる様なそれが2小節に亘るとなれば3×8拍=24 という風にパルスを刻む事になるので、それよりも少しは多いパルスの充填で「4拍13連」という風に予想した友人のそれにも合点が行く物だったのです。実際には1拍3連よりも僅かに遅い音価なのですけれどもね。

 まあ、いずれにしてもエアチェックをして分析をしようと、当時からFMでの放送を楽しみにしていた物でした。

 そうして38年の時を経過した今、私は当時を思い出す様にして採譜とデモ演奏制作をするという事になる訳ですが、今回の譜例動画はDoricoを使っておりまして、Doricoの《クセの強い》ドラム・キットの譜面とは裏腹にスネアの音はまあまあ好ましい音ではあるのですが、今回はSonivoxのTony Colemanのキットが一番《らしい》音を得られるので使ったという訳です。

 Tony Colemanのキットは音は良いクセして、Mac版は外部SSDを指定できないという仕様がありますが、シンボリック・リンクはOKなので、私もシンボリック・リンクを置いて問題なく使用している訳でありますが、ライドのオーバーヘッド類がBFDという風になっていて、2つのBusコンプを混ぜています。Wavesの670とSSL Compです。

 特にWavesのSSL Compは、ブルーフォードの様なキック音にはマストであろうと思うのですが、670のハリがスネアには欲しかった訳ですね。

 ベースはMODO BASSで、ギターはKontaktのFactoryプリセット。これら2パートはIK Multimediaで、ライン信号とアンプ音をミックスさせているというだけの物です。

 デモ演奏用の音をなるべく原曲に寄せて制作するのは本曲に限った事ではありませんが、兎にも角にも、ブルーフォードの音はいつ聴いても不変な程に特徴的な音である為、似ている音ではないと雰囲気が出ないというのもあって、今回はかなり意識した訳ですが、どうでしょうか!?

 何はともあれ、7拍20連符というのは実に驚きです。3連符に酷似する訳で、3連符が7拍を刻めば自ずと「21」となる訳ですから、これよりも僅かに遅くなる歴時であると言える訳です。




 テンポという側面で [21:20] という状況を対照させると、元のテンポを「170」としている訳ですので、テンポ変化として「161.90476…」という風にテンポを落として1拍3連符を刻んでいれば同じ状況になる訳です。

 しかも、170から162程度のテンポの揺れというのは普通に起こり得る幅ですから、ブルーフォードは相当テンポを揺れずに意識するのが得意であるでしょうし、言うなれば《ひとりメトリック・モジュレーション》の様に聴いてしまえる訳でもあります。

 まあ勿論、渡辺香津美とジェフ・バーリンもテンポが落ちるかの様に耳にして一瞬だけ迷子になってしまったのでありましょう。ジャフ・バーリンは香津美に釣られてしまった感の様に聴こえなくもないのですが、ブルーフォードの直撃を喰らった香津美がジェフ・バーリンを巻き込んだとも言えるかもしれません(笑)。

 7拍20連という拍節構造をDAWレベルで分析した場合、1単位となるパルスのデュレーションは、四分音符を960と録った時《336ティック》という事になります。7拍=四分音符×7で20連符ですから、八分音符×7で10連符となる訳です。

 更に言えば、16分音符×7での5連符という事にも繋がる訳ですが、四分音符=170のテンポで16分音符を脳裡に刻むのは相当厄介でありましょう。しかもビートはハーフタイムですから、4倍速のクリックと同様です。

 そうした意味でも、《八分音符×7の歴時で10連符を採る》というのが現実的な策であろうかと思うのですが、《336ティック》というのは、これが「1パルス」であるので、これが「3パルス」刻まれた時、最も頭に映じやすい拍頭から《48ティック》後退りが生じます。

 例えば336ティック×3=1008ティックです。これは、960ティックより48ティック後退りとなっているという状況でもあり、12パルスで192ティック後退りとなるので、これが5連符の1パルスとも共通するという非常に示唆めいた歴時となっている訳です。

 こうした状況をLogic Proを使って視覚的に判りやすく解説しようと思うのですが、まず「10個」の音を周期的に配列させる為に16分音符のグリッドを用いて10個の音を次の図版の様に配置してみます。

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 10個の16分音符は、「2.5拍子」に収まるという状況です。そこで、Logic Proのシーケンスを次の様に、2.5拍子長から3.5拍子長を目指して〔option+ドラッグ〕編集します。

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 そうして次の様に、シークエンスは比率を保ち乍ら3.5拍子まで延長された状況となります。このシークエンスをそのまま次の3.5拍子の為に充填させれば「7拍20連符」を作る事が容易に出来ます。

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 次の図版の様にシークエンスを2つ並べた事で7拍子は充填され、7拍20連符が作られているという事になります。

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 元が7拍子構造である為、「7」を半分・1/4・1/8…という風に半分ずつに区切っていけば、単に網目の細かいメトリックを作る事になるので、必ず7つに1回、通常の拍節構造に合致する拍頭が現れる事になります。

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 そうした特殊なメトリックを通常の拍子構造から見れば、各拍子で48ティックずつ後退りする様にして生じているという訳です。

 そうして、7という構造はいつしか「192ティック」ずれた時には5連符の構造にも遭遇する様になっているという訳です。

 連符に於ける3・5・7連符のそれぞれは《馴染み》の良い拍節構造なのでありますが、各値が「2」の差を保った等差数列であるのは当然なのでありますが、その等差数列がなぜ馴染みが良いのか!? という関係性まで知る方は少なくなるであろうかと思います。そこで、次の図版で見られるのが《平方数》であります。

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 上掲図版は平方数を表しておりますが、数字を振っているのは次数を示しており、黒い線で括っているのは「加分」を示しております。つまり《丸の数》を示しており、次数2では丸が3個、次数3では丸が5個、次数4では丸が7個という風に形成されて行くのがお判りになろうかと思います。

 ピタゴラス学派は既にこうした数の連関を発見していたのでありますが、こうした状況を当時発見されていた金属元素、天体の数、曜日などと組み合わさって音階も生じたという流れを汲んで現在に至っている訳ですが、互いの次数での丸の数「5」と「7」が隣り合っている様に、等差数列の上では隔てた関係であるものの、実際には隣り合っていて関係性が深くなるという風に解釈して差し支えないでしょう。

 つまり、ブルーフォードはこうした関連性をも理解していて用いているであろうという推察に及ぶのであります。数字の上では遠い脈絡の様に見える関係でも、そうした状況に辷り込ませるというアプローチ。こうした事を平然とこなせてしまうテクニックに加えて、西洋音楽ひいてはギリシャ時代にまで遡るアカデミックな側面までも包摂しているという事が見て取れるという訳です。

 今回この様な記事にしたのも、当時のライヴが5月22日に行われたという事もあり、嘗ての同時期の記憶も相俟って、デモ音源を制作するには些か尺が短いにしても取り上げる材料にはうってつけかもしれない、と思い記事にする事に。まあ、FinaleからDoricoへ軸足を移さざるを得ないという状況で多くの採譜などをするに当たって過去のFinaleのスケッチなどからxmlを介さずに編集するという作業で発見できたという事も背景にあります。音楽的な好奇心をくすぐるには絶好の内容になるのではないかと思い、こうして取り上げたという訳です。

 レコーディングではなく、ライヴで平然と行えてしまう。そういう側面で見ても、相当な場数を踏んで居られるであろう、ビル・ブルーフォードの演奏には今猶発見できるプレイがあろうかと思います。