【属七・副七】と【主要三和音・副三和音】

 楽典レベルの話題となりますが、本記事タイトルに於て2組の墨付き括弧で括ったそれぞれの音楽用語は全く異なる状況を指し示す語句であります。ジャズ/ポピュラー音楽で素養を培った方がこれらを明確に区別して説明できる方は正直な所、相当少なくなるのが現実ではなかろうかと思います。

 とはいえ、渡辺貞夫氏が嘗てNHKのインタビューで「属七と副七」についてインタビュアーに逆質問をしていた事があるので、ナベサダさん位の時代ではジャズも西洋音楽も分け隔てなく音楽理論方面の知識を得ていらっしゃるという事をあらためて痛感した物です。

 特にナベサダさんが《ゾクシチとフクシチ》という風に、国内の正統音楽教育に於て「七」は《シチ》と呼びますからね。それだけでも最近では正統教育の薫陶を受けられているという事を感じ取る事のできる側面でなかろうかと思います。

 同様に、正統音楽教育ですと「四」は《ヨ》または《シ》としか読みません。「七」をナナと呼ぶ事はよっぽどではないと存在しませんし、「四」をヨンと読むのも同様です。次の様な例外を除けば総じて《シチ》《ヨ・シ》でありましょう。

四声(よんせい──但し「四声体」となると〔しせいたい〕と読む)
四声部(よんせいぶ──声部数としての.但し「四声部書法」となると〔しせいぶしょほう〕と読む)
七声部(ななせいぶ──声部数としての)

拍子を表す時の、
四拍子(よんびょうし)
七拍子(ななびょうし)

楽譜の「線・間」を指す時の「四」(よん)、下線での「七」(なな)。

 上掲の語句を除けば、正統音楽教育に於ける「四・七」の読み方は総じて《ヨ or シ / シチ》
と覚えていて差し支えないでしょう。

 まあ、今回は正統音楽教育に於ける数の数え方を教える場ではありませんから、身勝手な臆断を並び立てるユーチューバーが愚かな音楽論を披瀝しているそれに「よん」「なな」などを耳にしたら即刻試聴を止めるに相応しい物と判断して良かろうかと思います。


 では本題に移るとしましょう。まずは「属七と副七」を語る事にします。属七・副七それぞれの和音はいずれもが「七の和音」としてトライアド(三和音)に七度音が付加されているという状況を指す物ですが、ドミナント7thコードが属七であり、それ以外の和音が副七であるのです。

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 属和音がこれほど特別視される理由を和声的な歴史から照らし合わせて見ると、元々は属和音も三和音であったのですが、和音に付加音として七度音を加えるのは属和音のみの特権となっていたのであります。

 要は、「不協和→協和」という進行の乙張りを強化する目的であったのは明白ですが、それ以上に関与していた背景には、音律が《不等分》という歪(いびつ)な時代背景もあったという事も忘れてはなりません。

 音律が歪な時代は《協和的な響きは協和に阿り、不協和はより不協和》だったという時代での不協和音だった訳ですから、等分平均律がまだまだ浸透していない時代(※とはいえC.P.E.バッハは等分平均律を使用していた)であるので、副七が「より汚かった」と言えるでしょう。

 全音階音組織のⅤ度を根音とする和音での七度の付加が《属七》であり、それ以外の全音階上の音度を根音として七度が付与された和音が《副七》であり、副七の方は 'Nebenseptakkord' と呼ばれます。

 これがドイツ語由来なのは、日本国内では第二次世界大戦後までは一貫してドイツ音楽に倣っていたのですが、終戦と共に枢軸国として位置付けられた事の反省から、後世への教育をドイツ主体よりもフランスに軸足を変える以前の理論体系へ遡る事で日本の古い音楽教育はフランスではなくドイツ寄りとなっていた訳です。

 等分平均律の到来を迎えるにあたり、協和が不協和になった事を嘆く者が居ても、不協和がより協和的になったという事実もあり、これにて副七が広まったのも自明であります。

 そこで副七で生ずる四和音は次の様に「両儀的」な和音の響きを持ちます。例えば「C△7」というコードは、

・C△という長三和音の響きと
・Emという短三和音の響き

という2つの響きを有しているという事になります。

 しかも、四和音である副七として「不協和」という扱いになってしまっている状況で、西洋音楽ではどの様な違いを設けたのか!? というと、副七の解決先はトニックなのではなく、且つ副七の第5音と第7音が下行平進行を採るという事で属七との違いを明確にしたという訳です。


 扨て次は《主要三和音・副三和音》についてでありますが、【主要三和音】とは通俗的に知られる「スリー・コード」の事です。

 スリー・コードが意味するのは「トニック、ドミナント、サブドミナント」という長音階音組織の [Ⅰ・Ⅳ・Ⅴ] 度を根音とするトライアド(三和音)の事であり、これら3種のメジャー・トライアド(長三和音)の和音構成音をそれぞれ並べていくと、全音階音組織を全て包摂している状況となるのです。

 そうして機能和声が目指す終止法とは「トニック、サブドミナント、ドミナント」類のコードを使い《先行和音の根音を後続和音の上音へ取り込む》ということを遵守して循環し、全音階音組織を網羅している、という状況になっているという訳です。

 それに対して「副三和音」というのは、

《「主要三和音」のそれぞれの和音の全音階的に三度下方にある音度を根音として生ずる和音》

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という事になるので、自ずと長音階の [Ⅵ・Ⅱ・Ⅲ] 度上の音を根音とするトライアドが副三和音という事になり、《全音階的に三度上方にある主要三和音の機能を継承する》というのも大きな特徴となります。

 ディーター・デ・ラ・モッテ風に表現すれば、全音階的に三度下方にある和音は《パラレル・コード》なのであり、全音階的に三度上方にある和音は《カウンター・パラレル・コード》と呼ばれる訳で、長調と短調とではパラレルとカウンター・パラレルという風に逆の方に和音書機能を継承する主従関係があるという事になります。

 もしも、短調を基準に、短調の主要三和音 [i・ⅳ・ⅴ] 度上の全音階的に三度下方が短調の副三和音だのと教える所があったらそれは間違いですので注意をする必要があります。短調の主要三和音の機能を備えているのは「三度上方」にある和音です。

 副和音とは厳密には「副次三和音」という風に表します。これは《副次的なトライアドの和音》を意味しているのであり、主要三和音に対して副次的であるというポジションを採るが故のネーミングであります。

 扨て、先述の「C△7」が「C△」と「Em」の混合という状況は、異なる和音がコモン・トーン(=共通音)を持ち合い乍ら重畳させているという状況であるので、茲から13thコード(十三度の和音)やらポリコードにまで発展しているという訳です。

 ポリコードについては何れ別記事で語ろうと思いますが、デヴィッド・コープ曰く《非和声音は三和音の和音構成音へと解決しようとする》としながらも近現代ではそういう物ではなく真っ先にエリック・サティの『ジムノペディ』第1番を取り上げています。




 確かに『ジムノペディ』冒頭の下属和音上の七度音(☜付加音)は、後続主和音の和音構成音に解決してはいても、それが《副七》であり三和音ではありません。また、下属和音からの変進行でもある事で佇立感が際立つという所からも機能和声に於ける終止の離脱の様にも見受けられ、調性に対する強い解放が不協和と音律の等分化に依って高次に変化したとも言えるのでありましょう。

 コモン・トーンに加えて、音響的な連関からポリコードへの道筋をも見出す事となり、こうして和声は更に発展して行くという訳です。近々ポリコードを語る上で今回の件は避けて通れないテーマであったので、ついつい力瘤を蓄えてしまいました。