44年以上気付かなかったYMOの「1000 Knives」冒頭フィルインに同期するワイングラスの音

 扨て今回は、44年前の1981年に新譜として発売されたYMOのアルバム『BGM』を発売日前日に入手したものの、2025年5月29日まで気付く事のなかった音の存在について語ろうかと思います。



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 自分自身でもかなり衝撃的な事だったので、慌てて採譜して譜例動画のデモをYouTubeにアップしたという訳でありますが、とりあえず私がアップした譜例動画のデモというのは次の通りとなります。




 アルバム『BGM』に収録される「1000 Knives」の中盤のシンセ・ソロでは、誰でも判る位に明示してくれている四分音(微分音)の使用があり、恐らくかなり多くの人が認知するポピュラー音楽界での微分音の例なのではないかと思います。

 そのソロで用いられるのはブルー三度の鏡像音程。ブルー三度というのは長三度よりは僅かに低い。それを四分音的に低めた音ですから350セントである訳ですが、その鏡像音程ですので《350セント下方》という事になります。

 それを転回位置に還元すると《主音より850セント上方》に位置する音を使用するという事となり、これをマイケル・ブレッカーのアプローチと同様の物として語っている私のブログ記事がありますので、併せてブログ内検索をかけていただければそちらの方も詳しく知る事が出来るとは思うのですが、今回の楽曲冒頭フィルインに用いられる《ワイングラスと思しき音》が16分音符で同期し、尚且つ微分音であるので、これはもう黙っている訳にはいかないな、と。

 そうして、44年以上の月日が流れて漸くワイングラス風の音が忍ばされている事に気付く訳ですが、私自身、正直な所「1000 Knives」をフル尺で耳にする機会はあまり無く、それこそ注力するのはシンセ・ソロやシンセ・ソロ直前のブリッジだったりしていて、楽曲冒頭から聴く機会はかなり少なくなっていた事に加え、《ドラムオンリーのフィルインであろう》という先入観が永らく私の音の捉え方に偏りが生じてしまっていたのであろうと思います。

 その偏りが生じて気付く事が出来なかったという所を私は悔やんでしまうのでありますが、まあ、先入観とは恐ろしいものです。

 楽曲冒頭の高橋幸宏によるコンサート・タム(☜ボトム・ヘッドが無い)のフィルインは、程よくキーペックス(ゲート)がかかるものの、アンビエンスが効いて引き締まった音が象徴的なのでありますが、このフィルインは最初の無拍(=八分休符)を除けば歴時は「7/8拍子」なので、楽曲を彩る《各小節4拍目八分裏》で鳴らされるTR-808のクラップ音で拍の位置をアジャストして耳にする方も少なくないであろうかと思います。

 然し乍ら、そこはやはり遉のYMO。ギミックが忍ばされておりました。2拍目八分裏から、フィルインに同期して十六分音符で奏されるワイングラス風の音が鳴らされていた訳であります。

 その特徴的な音は恐らくEmulator Ⅰによるサンプリングであろうかと思います。とはいえ、レコーディング時期は1980年にも差し掛かっているであろうという時期のEmulatorの初期型にCV/GATEは搭載されていなかったであろうと思われるので、人力でピッチベンドを操作しているのか、もしくはあらかじめ四分音に調律した音をサンプリングしているかのいずれかであろうと推察するのであります。

 とはいえ、この音が本当にサンプリングであるかどうかは定かではありません。『BGM』でEmulator IおよびLMD-649が用いられたかは怪しい所があります。然し乍ら、ドラムのフィルインの途中から同期するワイングラス風の音のそれがあまりにも「ワイングラス」風である事に加え、それが《同期》であるかの様にリズムがドンピシャである為にサンプリングなのではないか!? と疑っているだけであり、私が力瘤を蓄えて声高に申しておきたいのは、ドラムのフィルインに同期する音板・ガラス板ふうの打撃音が《微分音を用いて鳴らされている》という点に尽きる訳です。

 サンプリングか否かは二の次であって、フィルインに同期するその音の存在こそが興味の全てであるのです。その音が一体何であるのか!? という検証は後回しにしても、実際に鳴っている物理的な音高とリズムだけは採譜しておこうという気持ちの表れから採譜をした訳であります。

 また、このワイングラス風に聴こえる音のそれが、ドラムの倍音を弄った程度で生ずる様な類の音ではありません(頤を解く)。DAW環境がある人ならば、WavesのL1・L2・L3などのマキシマイザー系のプラグインでゲインを稼いで当該箇所を耳にするだけで、その音の存在は直ぐに判るでありましょうし、これがドラムのタム(☜コンサートタムである)の部分音でこの様な音になる事は先ず無いでしょう。

 他に可能性が考えられるのは、プロフェット5またはプロフェット10のポリモジュレーションで金属的な音を得るという事が考えられます。矩形波を用いてポリモジュレーションをフィルターにかける事で、フィルターの周波数を閉じ方向の方へ動かすと、独特の金属音が得られるものですが、大概の場合1オクターヴより狭い範囲で通常のオクターヴ回帰性とは異なる螺旋律の回帰が耳についてしまいピッチが破綻しやすくなるのです。また、音高の差が5度ほど変わるだけでワイングラスを維持するかの様な音響特性は難しくなるのではないかと推察する訳です。

 無論、プロフェットを使い倒した人達ですから、ワイングラス系の音などいとも簡単に作り出してしまえるのかもしれませんが、いずれにしてもフィルインの途中からワイングラス風の音が同期する様にして鳴っており、一部に微分音が用いられているというのが特徴的である為、私の検証を胡散臭いと思う前にまずは先入観を払拭してゲインを稼いで耳にして欲しいと思わんばかりです。

 加えて、なぜCV/GATE規格にそこまで注目するのかというと、電圧を細かく制御する事でオクターヴの分割数を増やす事が可能であるからです。今でこそDAW上でのプラグインを取扱う事が主流であるのでCV/GATEの様な古い規格を意識する事など無いでしょうが、Way Out WareのTimeWARP 2600ではCV/GATE値を細かく見る事が出来るので多くのヒントが得られるかと思います。

 そうしてCV/GATEさえ細かく制御しさえすれば、スライダックなどで電圧を安定させて微分音を制御する事も可能であろうという事に推察が及ぶのであり、こうして《綺麗な》微分音を耳にする事が出来るのであります。

 とはいえ、アナログ・シンセサイザーの安定したチューニングを得るのは本当に大変でしたから、YMOとてそれは相当苦労したであろうと思います。無論、プロレベルでの安定した電源確保を可能にする環境であるからこそ、それが、そんじょそこらの不安定なチューニングとは一線を画す物であるという事もあらためて念を押しておきたい事実であろうかと思います。

 扨て、先の譜例動画をあらためて見ていただければお判りだと思いますが、微分音というのは [fis] より50セント低い(= [f] より50セント高い)音が2音、3拍目で生じており、原調として「ハ短調」であるのに(※シンセ・ソロはメジャー・ブルースで音階の長三度音も用いるが)、[e] を生じている訳ですね。これはどういう脈絡なのか!?

 それは、このワイングラス音が [a] 音を基にした上方倍音列の拔萃であるという事が判るのです。

 しかも、その [a] 音基準の倍音列を「イ長調」(Key=A)としても捉えて倍音を駆使するという事を踏まえると、原調の平行長調「E♭」と三全音の調域関係となる訳でありまして、アルバム全体を《汚し》にかかって、細野晴臣の提案でデジタル録音される前にアナログのMTRに録音してから録音されるという事もあり、凡ゆる方面のアプローチから汚した感じを出そうと企図されているのが本アルバムである事を踏まえると、その後のテープ・サチュレーションのヒントが既にこうして行われていたという所にあらためて先見の明を感じざるを得ず、恐懼の念を抱いて已まない物であります。

 上方倍音列を仮に第16次倍音までしか見ない場合、ワイングラスのフレーズに現れるドイツ音名 [b] 音というのはイ長調の全音階音組織に現れない「♭Ⅱ度」の脈絡であります。とはいえ、これが《第17次倍音》の脈絡だと考えると、これは「♭Ⅱ度」に相当する訳ですね。調域は三全音で汚し、その上でイ長調の倍音列も、判りやすい脈絡の倍音列だけではなく「♭Ⅱ度」の脈絡も利用しているのが末恐ろしいですね。

 次に示す譜例は、変ホ長調とイ長調の調域として其々の上方倍音列を第17次倍音まで示しているのですが、複調喚起としてバルトークのミクロコスモスに倣い、通常の調号レイアウトとは異なる調号としてイ長調の方の嬰記号を並べています。

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 倍音列を示す数字とは別に、丸数字で示しているのがワイングラス音の出現順であり、両者の倍音音組織を跨ぐ様にしてフレージングされている事を示しているのです。こうして、異なる調域であり乍らも巧みに跨いでフレージングを施しており、両者の《遠い脈絡》を紡いでいるという訳です。

 斯様なアプローチを平然とこなしてしまい音楽に対して尻込みをしないのは、それだけ音楽の深淵を知る事も然る事乍ら、《ハ短調の曲を聴いていただきますよー》という作り方などしていないという事でもある訳ですね。このスタンスが自由闊達な姿勢を生む訳であります。

 尚、微分音は四分音に均しておりますが、オリジナルのワイングラスによる当該微分音を非常に厳密に測ると、[f] より54セント高くすれば原曲に近くなります。とはいえワイングラスのサンプルとてその短い音価の中で僅かに揺れて下振れしようとして減衰しているので、叩いた直後が54セントから21セント程下がります。非常に際立って聴こえる当たりがちょうど四分音となる50セントという事で、このピッチの下振れは64分音符の音価以内で推移していますが、あくまでそれは機械的に分析した厳密な測定でしかなく、際立つ音は50セントという四分音であるので、併せてご注意いただければ幸いです。

 それこそ、《どこを切ってもハ短調》に聴こえるかの様な凡庸な曲を作ろうとはしていない訳ですから考えが柔軟になるのは当然でもある訳ですが、柔軟の度は遥かに凌駕しておりますね。

 そうした汚しのアプローチに対して、坂本龍一は音階的に《三全音の汚し》《半音の汚し》《微分音の汚し》を企図しているという訳です。フィルインの直後にハ短調を香らせる音が現れる訳ではありません。然し乍ら、原調の強いハ短調に対して三全音調域から汚しにかかるというのは、メビウスの輪で音楽の世界を結んだ様な、音楽の世界の「裏表」を示している様にも思えます。

 いずれにしても、そうした [a] 音(イ長調)基準の倍音列として明示される微分音は、上方倍音列に現れる第13次倍音を四分音的に均した物であると見て差し支えないでありましょう。この第13次倍音は主音を「ド」と移動ドで基準を採る所から見て「ラよりも50セント低く」「ラ♭よりも50セント高い」音の位置に現れる物です。

 すると、先述のシンセ・ソロで登場する四分音も「Cブルース・メジャー」という [c] 音を「ド」と見た時の「ラよりも50セント低く」「ラ♭よりも50セント高い」音に現れる脈絡と同様になるのが第13次倍音の脈絡であるという訳です。

 半音階(12音)を使い果たして13番目以降に挑むという示唆でもあるでしょうし、まあ、見事に色んな方面からアプローチしてくれております。こうした高次なアプローチを当時の小・中学生にも耳にさせていたという訳ですから、YMO恐るべしですね(笑)。でも、当時のYMOのやる事なら、親よりも言う事を聞く少年・少女は多かったと思いますよ。特に、ヤンキー文化に溶け込まなかった人々というのは。

 まあしかし、こうした側面を44年以上も気付かずにいた私も情け無い限りです。お二人は既に彼岸を渡っているというのにこの有様ですよ。ヘタすると、YMOの秘密をまだ気付かない内にコチラが彼岸を渡ってしまいかねません(笑)。

 何れにしても、当該のワイングラス風の音というのは現在リリースされているマスタリング物では、ボブ・ラドウィックの物が一番聴き取り易いかもしれません。古いマスタリングほど埋もれておりますね。まあ、まだまだ堪能できてしまうYMO。彼等は一体何を隠しているのでしょうか。いやあ、凄いです。

 尚、本曲シンセ・ソロ部分で用いられている微分音について詳しく述べているのがコチラの記事になりますので参考まで。