「Forbidden Colours(禁じられた色彩)」に付された前奏ピアノの解説
扨て、今回は坂本龍一&デヴィッド・シルヴィアンが嘗てリリースしていた楽曲「Forbidden Colours」の前奏となる坂本龍一が奏するピアノ部分を採譜してYouTubeにて譜例動画をアップしていた事もあり、それについて解説して行こうと思います。
抑も本曲は、「Merry Christmas Mr. Lawrence(戦場のメリークリスマス)」にデヴィッド・シルヴィアンの歌が乗せられたバージョンであるのですが、前奏部分に付されたピアノのそれは私の知る範囲では市販のスコアにも存在する事はなく、全音楽譜出版社出版社からリリースされている『Avec Piano』にも載せられてはいません。
今回私は、Doricoを覚えるのをきっかけに本曲の前奏部分を採譜する事にしたのですが、それと並行してIVEの新曲「Supernova Love」に於てデヴィッド・ゲッタが「戦メリ」のモチーフを引用した事がネットをバズらせていた事もあり、折角なので前奏部分を譜面に起こしておこうと企図した訳です。
加えてこの譜例は、IVEの「Supernova Love」でこれ見よがしに「戦メリ」の存在を利用する批判ばかりか、歌詞が付けられた戦メリのバージョンをものの見事に存在を無視して無根拠に批判する連中にはきっちりと確証となる物が必要であろうと思い採譜に至り、ブログの解説と併せてYouTubeに譜例動画をアップしようとしていたのです。
ところが、SSブログ(旧So-netブログ)が2025年3月31日12時に終了するという事が告知され、会員には移行先となるSeesaaブログへの移行ツールを待つ様にとアナウンスされていた訳です。移行ツールが実行される前に新たなブログ記事を更新しても良かったのですが、移行を経た先で新記事をアップした方がベターであるという事から記事の更新をして来なかったという訳です。
譜例動画の前奏部分の後半は、原曲のそれとは違うテンポ判断でデモを走らせております。そうした演奏解釈の差異はあっても、譜例として載せられる楽譜部分の音については譜読みを行う奏者の解釈次第できちんと再現できる様に音は拾ってあります。ですので譜例デモについて些かの違和を抱かれる人も多いでしょうがあくまでも参考程度に留めてご自身の解釈を添えて欲しいと思います。音高については原曲のテンポに沿って楽譜の音を擬えれば再現出来ますので、その辺りはご容赦いただきたいと思います。
デモを聴いて《なに、コレ!? 原曲のテンポと全然違う!》と思われるかもしれませんが、音は間違いなく拾ってあります。
6小節目から小節線無しのカデンツァで書けばベターなのでしょうが(※Cadenzaと記した上で)、Finaleの様に演奏記号をおいそれと自由に入力するのも厄介なので、その辺りも考慮していただければと思います。何せ、自分自身のDorico習得用の作業ですのでご容赦下さい。
では、茲から譜例動画の解説に移るとしますが、本曲「Forbidden Colours」の前奏部分のピッチはA=440Hzより1コンマ程高く録音されております。譜例の方でも明記されている様に、レコーディングのピッチのそれは「22.2〜22.6セント」程高くなっています。
前奏部分が終わるとピッチは440Hzになっていますので恐らくはレコーディング状況が異なるのであろうと推察しますが、1コンマ程の差異を付けている所には坂本龍一の深い示唆を感じます。
その深い示唆とは、1コンマという音程を微視的に観察した場合、1コンマという音程がほぼ八分音ほどの《大きな》微分音であるという事。こうした音程の異和を丸め込み、現代の音律は等分平均律を用いる様に至った訳ですが、そうした《音律のささくれ》をより際立ったピアノしたかったのでありましょう。
通常、これほど高くピアノを調律する状況は極めて少ないと思われ、バリピッチで録音/再生をしているのであろうと思われます。
先述にある《音律のささくれ》とは、人類が音律を追究して来た歴史を物語っている表現なのでありますが、音律を形成するにあたり《五度を採るか 三度を採るか》という風にして、どちらの音程を優先するのかに重きを置いて幾多もの音律が生まれて来たという歴史があります。無論、こうした歴史に残る古い音律はどちらかの音程を慮っている事により《いびつな》音律として形成されます。これが古典音律の特徴でもある《不等分音律》という体系です。
そうした不等分音律から生ずる各音程のいびつな音程は、ささくれが起きていると表現するに相応しい状況でしょう。人類はやがて更なる自由な転調を追い求めて音律を《等分平均律》にさせる事にまで均して行った訳です。
坂本龍一の配慮とはおそらく、音律に生じていたいびつな構造と、映画で描写される戦争での敵味方にある人間の軋轢という状況を投影させて、いびつな状況と音律の安寧というコントラストで表現しているのであろうと思われます。
況してや、映画で描写される人間関係は通常の人間関係とも異なる、性差を超えた男同士の愛が戦争に打ち克つという風にして描かれています。本来であれば、戦争(軍)に人間は屈伏して力を誇らしげに示す表現が是とされてしまうでありましょうが、大島渚監督は男同士の間に芽生える超越的な愛情が戦争を克服する様に描いている訳です。
そうした超越する愛情が『禁じられた色彩』と表現されているという訳です。本曲前奏部分の拍節構造を見ても、殆どの拍節構造が「男性律動」である事が判ります。2〜3小節目を除いては。
尚、本曲の譜例動画のダイナミクスに於ては、「fp」より小さい音は総じて2段階大きく捉えても差し支えありません。つまり「p」と表されていれば「mf」で弾いても問題はないという意味で、寧ろ原曲のダイナミクスに近くなるでしょう。
扨て、男性律動とは、基本的には強拍を明示したリズムであります。それとは対照的に女性律動の場合は、拍の弱勢・弱拍、弱いダイナミクスで対比される物です。他方、2小節目に於ては男性律動を背く女性律動の姿が見られます。しかしそれは女性律動の様に明確な物でもありません。その辺りも後述するので、本曲をあらためて1小節目から確認する事にしましょう。
1小節目。無調として形容する事が可能であるもののAs durの分散とG dur(=「A♭△」と「G△」というコード)の断片が複調を示唆する旋律となっています。G durの断片となっている状況は2小節目4拍目高音部の [g] で補完される事で初めて成立する訳ですが、G durを確定する前に低音部では [g] が [ges] へと半音低く変化するのは、半音階的な変化で調性を揺さぶり、卑近な状況として捉えにくくしている意図があるのでしょう。
複調を示唆するとは雖も、複調を確定的にするのは2小節目4拍目(※付点音符を基とする複合拍子=12/8拍子では、付点四分音符が1拍である)の高音部最後の [g] 音の出現で、1&2小節の大きな括りとして複調が確定的になるという訳です。
とはいえ、複調を確定的にしても2小節低音部では G durを示唆する [g] 音が [ges] へと半音下行して変化する事で、調性が複調という複雑な状況であっても逃げ水の様に去って行ってしまう様な感すら誘いますが、低音部の [c] が元の調性の余薫として機能しているのでしょう。
1小節目では高音部&低音部共に短前打音で入り、拍節構造自体は男性律動ですが、男性律動を確定する音楽的な段落としての終止音は2小節目拍頭の「イクタス(ictus)」です。これにて1〜2小節という2小節間を大きく捉えた構造は2小節目4拍目の高音部 [g] 音を除いて男性律動という事が確認できます。
扨て、本曲前奏部に於ける男性律動の示唆する段落的な終止音というのは、少なくとも1〜4小節目では、各偶数小節1拍目拍頭にある音、つまり《イクタス》にあります。
イクタスとは、拍や指揮における最初の頭に位置する物で、イクタスは必ずしも音符ではなく休符の場合もあります。イクタスが休符となる代表的な曲のひとつにベートーヴェンの「運命」を挙げる事ができるでしょう。
最初の1小節の高音部だけで見れば小節内の小さな括りとなる拍節の終止音は2拍目となる弱拍で [d] 音を終えておりますが、本フレーズの《段落的な》終わりを示す音はその音ではなく次の小節のイクタスであります。この場合、短前打音(装飾音符)がイクタスなのではなく、その直後の音がイクタスとなるという訳です。
つまり、1〜2小節を大きな括りとして見た時の2小節目高音部の [g] 音(※複調を確定的にした音である)が現れるまでは男性律動として機能する筈なのですが、複調の状況を確定的にする [g] 音は態と弱く弾かれます。
[ppp] として表しているこの音は女性律動に変化した事を示します。因みにこの最後の拍に現れる《次の段落に架かる》為のこの音は同時に《接続動機》とも呼ばれる音となっている事に註意が必要です。
その接続動機は次に続く新たな拍節が始まる音として繋がっており、接続動機となった [g] 音は直後の3小節目に続くフレーズの段落の先頭となるのです。しかも3小節目低音部の拍頭では八分休符が置かれ、女性律動が更に明示的になり、高音部も [b] の移勢(シンコペーション)で採られた音が矢張り弱勢で奏される事から、この段落は女性律動である事が読み取れるものの、4小節目では男性律動に戻ります。
加えて、この3小節目での和音は「Cm7(♭5, 11)」の5度音が低位に採られている状況と見る事が出来、減和音の半音上には《調的には》長和音の存在が示唆される事となります。
そうして4小節目では「D♭△7sus4」と呼ぶべき和音が現れるのでありますが、高音部4拍目最後に現れる [e] は後続への接続動機となる音であり、次の5小節目高音部とは12度音程と非常にワイドな跳躍であります。
茲でのフレーズ的な段落としての繋がりは寸断され [e] 音は4小節内のフレーズを埋める物でしかなく、5小節目はイクタスが強調される事となります。このイクタスが強調される事もあらためて勘案すると、4小節目の存在自体も女性律動ではなく男性律動と読み取る事となります。
更に4小節目高音部4拍目に現れる [e] 音の接続動機は、5小節目の幹音によるフレーズに架かっており、4小節目の接続動機が現れる前の調域は変ニ長調として解釈して差し支えないでしょうが、あからさまに変ニ長調という調性の香りを伴わせない様にして「D♭△7sus4」という不等四度音程を使った和音を聴かせているので、ひとつの調域に固執してしまうのも避ける必要があります。
後続5小節目の幹音のみのそれがハ長調という調域であると考えれば、半音違いの和音・調域を用いて調性を暈滃している所が見て取れます。こうした暈滃は「濁り」でもあり、衆道への逡巡やら多くの示唆があろうかと思います。何せ、男性律動に戻っての逡巡であるので。
こうして音楽的な雌雄関係を確認してみると、女性律動として生ずる部分はそれまでの男性律動からの逡巡を醸し出す様にして弱勢に拍節の段落が来る様に変化しているという事になります(※特に3小節目)。
5小節目では先述の様に幹音のみで奏されるので、調域としてはハ長調である訳ですが、調性を感じ取らせない様にしている為、延音記号(フェルマータ)が現れる箇所でも、ハ長調の調域であっても属音と主音と上主音で「Gsus4」を形成しています。
6小節目も幹音のみを用いて上行アルペジオを強調させますが、二度の房を用いて和声的な混濁を作ろうと企てています。矢張り調性の直視を避けている訳です。
7小節目は高音部がクラスターを形成させていますが、無理矢理コード表記をすれば「Gm11」を混濁させているという訳です。
8小節目の終止和音ですが、こちらも敢えてコード表記をするならば「G♭△7(13)」となり、楽曲本編が変ロ短調であるという事を勘案すると、「♭Ⅵ度」上の和音に収まったという事なりますが、高音部が二度の房を纒って混濁させている所は、やはり調域を直視する事を避けた暈滃が「逡巡」を思わせる為の物なのでしょう。
因みに、譜例動画でのフェルマータの当て方に違和感を抱いておられる方も居られるかと思うのですが、タイが架かる音符のフェルマータというのは最初の音符ではなくタイが架かった後続の音に付されるのが正当な表記なのです。然し乍ら、Doricoでは普通にフェルマータを当ててしまうと先行音に対して付されてしまい、これを色々と修正を重ねて工数ばかりを稼いで譜例動画をアップするのが遅れてしまうのを避けて、こうした譜例になってしまっているのはご容赦願いたいと思います。

今回私は、Doricoを覚えるのをきっかけに本曲の前奏部分を採譜する事にしたのですが、それと並行してIVEの新曲「Supernova Love」に於てデヴィッド・ゲッタが「戦メリ」のモチーフを引用した事がネットをバズらせていた事もあり、折角なので前奏部分を譜面に起こしておこうと企図した訳です。
加えてこの譜例は、IVEの「Supernova Love」でこれ見よがしに「戦メリ」の存在を利用する批判ばかりか、歌詞が付けられた戦メリのバージョンをものの見事に存在を無視して無根拠に批判する連中にはきっちりと確証となる物が必要であろうと思い採譜に至り、ブログの解説と併せてYouTubeに譜例動画をアップしようとしていたのです。
ところが、SSブログ(旧So-netブログ)が2025年3月31日12時に終了するという事が告知され、会員には移行先となるSeesaaブログへの移行ツールを待つ様にとアナウンスされていた訳です。移行ツールが実行される前に新たなブログ記事を更新しても良かったのですが、移行を経た先で新記事をアップした方がベターであるという事から記事の更新をして来なかったという訳です。
譜例動画の前奏部分の後半は、原曲のそれとは違うテンポ判断でデモを走らせております。そうした演奏解釈の差異はあっても、譜例として載せられる楽譜部分の音については譜読みを行う奏者の解釈次第できちんと再現できる様に音は拾ってあります。ですので譜例デモについて些かの違和を抱かれる人も多いでしょうがあくまでも参考程度に留めてご自身の解釈を添えて欲しいと思います。音高については原曲のテンポに沿って楽譜の音を擬えれば再現出来ますので、その辺りはご容赦いただきたいと思います。
デモを聴いて《なに、コレ!? 原曲のテンポと全然違う!》と思われるかもしれませんが、音は間違いなく拾ってあります。
6小節目から小節線無しのカデンツァで書けばベターなのでしょうが(※Cadenzaと記した上で)、Finaleの様に演奏記号をおいそれと自由に入力するのも厄介なので、その辺りも考慮していただければと思います。何せ、自分自身のDorico習得用の作業ですのでご容赦下さい。
では、茲から譜例動画の解説に移るとしますが、本曲「Forbidden Colours」の前奏部分のピッチはA=440Hzより1コンマ程高く録音されております。譜例の方でも明記されている様に、レコーディングのピッチのそれは「22.2〜22.6セント」程高くなっています。
前奏部分が終わるとピッチは440Hzになっていますので恐らくはレコーディング状況が異なるのであろうと推察しますが、1コンマ程の差異を付けている所には坂本龍一の深い示唆を感じます。
その深い示唆とは、1コンマという音程を微視的に観察した場合、1コンマという音程がほぼ八分音ほどの《大きな》微分音であるという事。こうした音程の異和を丸め込み、現代の音律は等分平均律を用いる様に至った訳ですが、そうした《音律のささくれ》をより際立ったピアノしたかったのでありましょう。
通常、これほど高くピアノを調律する状況は極めて少ないと思われ、バリピッチで録音/再生をしているのであろうと思われます。
先述にある《音律のささくれ》とは、人類が音律を追究して来た歴史を物語っている表現なのでありますが、音律を形成するにあたり《五度を採るか 三度を採るか》という風にして、どちらの音程を優先するのかに重きを置いて幾多もの音律が生まれて来たという歴史があります。無論、こうした歴史に残る古い音律はどちらかの音程を慮っている事により《いびつな》音律として形成されます。これが古典音律の特徴でもある《不等分音律》という体系です。
そうした不等分音律から生ずる各音程のいびつな音程は、ささくれが起きていると表現するに相応しい状況でしょう。人類はやがて更なる自由な転調を追い求めて音律を《等分平均律》にさせる事にまで均して行った訳です。
坂本龍一の配慮とはおそらく、音律に生じていたいびつな構造と、映画で描写される戦争での敵味方にある人間の軋轢という状況を投影させて、いびつな状況と音律の安寧というコントラストで表現しているのであろうと思われます。
況してや、映画で描写される人間関係は通常の人間関係とも異なる、性差を超えた男同士の愛が戦争に打ち克つという風にして描かれています。本来であれば、戦争(軍)に人間は屈伏して力を誇らしげに示す表現が是とされてしまうでありましょうが、大島渚監督は男同士の間に芽生える超越的な愛情が戦争を克服する様に描いている訳です。
そうした超越する愛情が『禁じられた色彩』と表現されているという訳です。本曲前奏部分の拍節構造を見ても、殆どの拍節構造が「男性律動」である事が判ります。2〜3小節目を除いては。
尚、本曲の譜例動画のダイナミクスに於ては、「fp」より小さい音は総じて2段階大きく捉えても差し支えありません。つまり「p」と表されていれば「mf」で弾いても問題はないという意味で、寧ろ原曲のダイナミクスに近くなるでしょう。
扨て、男性律動とは、基本的には強拍を明示したリズムであります。それとは対照的に女性律動の場合は、拍の弱勢・弱拍、弱いダイナミクスで対比される物です。他方、2小節目に於ては男性律動を背く女性律動の姿が見られます。しかしそれは女性律動の様に明確な物でもありません。その辺りも後述するので、本曲をあらためて1小節目から確認する事にしましょう。
1小節目。無調として形容する事が可能であるもののAs durの分散とG dur(=「A♭△」と「G△」というコード)の断片が複調を示唆する旋律となっています。G durの断片となっている状況は2小節目4拍目高音部の [g] で補完される事で初めて成立する訳ですが、G durを確定する前に低音部では [g] が [ges] へと半音低く変化するのは、半音階的な変化で調性を揺さぶり、卑近な状況として捉えにくくしている意図があるのでしょう。
複調を示唆するとは雖も、複調を確定的にするのは2小節目4拍目(※付点音符を基とする複合拍子=12/8拍子では、付点四分音符が1拍である)の高音部最後の [g] 音の出現で、1&2小節の大きな括りとして複調が確定的になるという訳です。
とはいえ、複調を確定的にしても2小節低音部では G durを示唆する [g] 音が [ges] へと半音下行して変化する事で、調性が複調という複雑な状況であっても逃げ水の様に去って行ってしまう様な感すら誘いますが、低音部の [c] が元の調性の余薫として機能しているのでしょう。
1小節目では高音部&低音部共に短前打音で入り、拍節構造自体は男性律動ですが、男性律動を確定する音楽的な段落としての終止音は2小節目拍頭の「イクタス(ictus)」です。これにて1〜2小節という2小節間を大きく捉えた構造は2小節目4拍目の高音部 [g] 音を除いて男性律動という事が確認できます。
扨て、本曲前奏部に於ける男性律動の示唆する段落的な終止音というのは、少なくとも1〜4小節目では、各偶数小節1拍目拍頭にある音、つまり《イクタス》にあります。
イクタスとは、拍や指揮における最初の頭に位置する物で、イクタスは必ずしも音符ではなく休符の場合もあります。イクタスが休符となる代表的な曲のひとつにベートーヴェンの「運命」を挙げる事ができるでしょう。
最初の1小節の高音部だけで見れば小節内の小さな括りとなる拍節の終止音は2拍目となる弱拍で [d] 音を終えておりますが、本フレーズの《段落的な》終わりを示す音はその音ではなく次の小節のイクタスであります。この場合、短前打音(装飾音符)がイクタスなのではなく、その直後の音がイクタスとなるという訳です。
つまり、1〜2小節を大きな括りとして見た時の2小節目高音部の [g] 音(※複調を確定的にした音である)が現れるまでは男性律動として機能する筈なのですが、複調の状況を確定的にする [g] 音は態と弱く弾かれます。
[ppp] として表しているこの音は女性律動に変化した事を示します。因みにこの最後の拍に現れる《次の段落に架かる》為のこの音は同時に《接続動機》とも呼ばれる音となっている事に註意が必要です。
その接続動機は次に続く新たな拍節が始まる音として繋がっており、接続動機となった [g] 音は直後の3小節目に続くフレーズの段落の先頭となるのです。しかも3小節目低音部の拍頭では八分休符が置かれ、女性律動が更に明示的になり、高音部も [b] の移勢(シンコペーション)で採られた音が矢張り弱勢で奏される事から、この段落は女性律動である事が読み取れるものの、4小節目では男性律動に戻ります。
加えて、この3小節目での和音は「Cm7(♭5, 11)」の5度音が低位に採られている状況と見る事が出来、減和音の半音上には《調的には》長和音の存在が示唆される事となります。
そうして4小節目では「D♭△7sus4」と呼ぶべき和音が現れるのでありますが、高音部4拍目最後に現れる [e] は後続への接続動機となる音であり、次の5小節目高音部とは12度音程と非常にワイドな跳躍であります。
茲でのフレーズ的な段落としての繋がりは寸断され [e] 音は4小節内のフレーズを埋める物でしかなく、5小節目はイクタスが強調される事となります。このイクタスが強調される事もあらためて勘案すると、4小節目の存在自体も女性律動ではなく男性律動と読み取る事となります。
更に4小節目高音部4拍目に現れる [e] 音の接続動機は、5小節目の幹音によるフレーズに架かっており、4小節目の接続動機が現れる前の調域は変ニ長調として解釈して差し支えないでしょうが、あからさまに変ニ長調という調性の香りを伴わせない様にして「D♭△7sus4」という不等四度音程を使った和音を聴かせているので、ひとつの調域に固執してしまうのも避ける必要があります。
後続5小節目の幹音のみのそれがハ長調という調域であると考えれば、半音違いの和音・調域を用いて調性を暈滃している所が見て取れます。こうした暈滃は「濁り」でもあり、衆道への逡巡やら多くの示唆があろうかと思います。何せ、男性律動に戻っての逡巡であるので。
こうして音楽的な雌雄関係を確認してみると、女性律動として生ずる部分はそれまでの男性律動からの逡巡を醸し出す様にして弱勢に拍節の段落が来る様に変化しているという事になります(※特に3小節目)。
5小節目では先述の様に幹音のみで奏されるので、調域としてはハ長調である訳ですが、調性を感じ取らせない様にしている為、延音記号(フェルマータ)が現れる箇所でも、ハ長調の調域であっても属音と主音と上主音で「Gsus4」を形成しています。
6小節目も幹音のみを用いて上行アルペジオを強調させますが、二度の房を用いて和声的な混濁を作ろうと企てています。矢張り調性の直視を避けている訳です。
7小節目は高音部がクラスターを形成させていますが、無理矢理コード表記をすれば「Gm11」を混濁させているという訳です。
8小節目の終止和音ですが、こちらも敢えてコード表記をするならば「G♭△7(13)」となり、楽曲本編が変ロ短調であるという事を勘案すると、「♭Ⅵ度」上の和音に収まったという事なりますが、高音部が二度の房を纒って混濁させている所は、やはり調域を直視する事を避けた暈滃が「逡巡」を思わせる為の物なのでしょう。
因みに、譜例動画でのフェルマータの当て方に違和感を抱いておられる方も居られるかと思うのですが、タイが架かる音符のフェルマータというのは最初の音符ではなくタイが架かった後続の音に付されるのが正当な表記なのです。然し乍ら、Doricoでは普通にフェルマータを当ててしまうと先行音に対して付されてしまい、これを色々と修正を重ねて工数ばかりを稼いで譜例動画をアップするのが遅れてしまうのを避けて、こうした譜例になってしまっているのはご容赦願いたいと思います。