リバーブ考察および残響音のマルチマイク収音ドラム音源への活用

 残響とは《音の余韻》を指す語句でありますが、その余韻の「真の姿」とは《直接音の遅延で生じた間接音》の集合体です。

 他方、余韻の「仮の姿」が意味するのは、人間の心の内にある《記憶》であります。場合によっては《固執》とも表現する事が可能でありましょう。

 演奏に於ける「オスティナート」がまさに執拗という意味でありますが、しつこさを実感するという事は、元の姿を記憶したが故に起こる感情であります。短期的な記憶を棄却して次を期待しても良かろうに、と思う所にオスティナートが攻めて来る様な状況。この様な違和の連続が畳み掛けて来るのもまた残響が齎した物と言えるでしょう。

 扨て、後ほど詳述する事となりますが、音楽に於ける楽節に対する聴取者の短期的な記憶というものは輪唱などでの先行句・追行句などにも見受けられる様に、短期的な記憶を弄ぶ様にする技法でもあり、こうした技法が生じた背景には《残響》が大きく関与しており、フーガ(遁走曲)はこうした技法の発展形であると言えます。

 先行音として生じた長い残響に対し後続音が加わる事によって、和声が飛躍的に発展したという歴史の存在を決して見過ごす事は出来ません。音楽的にみると、残響が《掛留》として関与しているという状況ですが、こうした残響を音響的な残響成分としてではなく音楽的な《技法》として用いられている状況として挙げる事ができるのが和音外音のひとつ「掛留」なのであります。

 また、掛留は重畳しく積み上げられる事となる和声発展にも貢献して来たという歴史があります。プレドミナント(のちの下属和音)が鳴らされた後続和音に属七が現れた時、残響が掛留として作用し、属七に置かれた先行和音が属七にも及んで関与する。こうしたプロセスを経て和声は属和音以外でも発展を遂げた訳であります。

 そこには、音響的な関与に伴い、記憶と固執が作用して来たというプロセスを経た発展なのであります。長い残響を忌み嫌い、DAW環境の妨げともなりかねない様に残響に手を余している人は少なく無いかと思いますが、和声発展の貢献にも繋がっている非常に重要な側面でもあるので、決して軽んじて欲しくはないのがリバーブ・テクニックであります。


 扨て、間接音である「こだま」或いは「ディレイ音」の様な明確な音の遅延とは異なり、残響のそれを明確な遅延とまで感じないのは、遅延差で生じた間接音が上手い具合に犇めき合っている為に、各間接音の「くびれ」を感じにくくなる様に充填されているからであります。

 つまり、直接音と間接音との間隙が充填されるとなると音の「遅延差」として明瞭に耳にされる状況というよりも、直接音に対して「余韻」としての響きが付与される様に滑らかに聴こえるという訳です。そうした残響音が滑らかな音となっている状況とは異なり、音が段階的に「くびれ」を生じて聴こえる場合というのが前述の「こだま」であります。

 これは一般的に「やまびこ」および「エコー」などと呼ばれたりする物ですが、エコーとは一定間隔で繰り返されている状況として《滑らかな残響》よりも段階的な状況が際立っているという物であります。滑らかな残響音であろうとも残響の特性如何では、特定の周波数帯行きに「くびれ」を生ずる間接音を聴く例はあるでしょうが、潤沢な残響音に埋没させられている為、如実に「くびれ」として感ずる事は少なくないかと思います。

 斯様にして、間接音は概して「くびれ」を生じている状況ほど「遅延」を明確にする物で、残響音が潤沢な状況の場合は遅延というよりも「余韻」として感じやすい物であります。

 直接音が反射して間接音となる事で、その後の空間内に於ける間接音の充填具合で残響の疎密具合が変わる訳でありますが、間接音として残りやすいのは素数倍の近傍として間接音が生ずる事にあるでしょう。素数でなければ、間接音同士で音のエネルギーを強調したり打ち消しあったりするという事になります。

 やまびこの集合体が上手い事密な状況となって充填された結果が「余韻」であると言い換える事も可能でありましょう。その《上手い事》という言葉が意味するのは、それが最大限に上手い具合となる状況が直接音と素数倍の振動数比に相当する遅延差なのであり、そうでなければ特定の振動数は打ち消しあったり増幅に貢献する事となります。

 そうして生き残る振動数比は、打ち消し合う事が無く長く響く残響の姿と言える訳です。短い残響成分(初期反射=アーリー・リフレクション)もそれそのものが間接音なのではありますが、原音(直接音)の音色キャラクター形成に貢献している要素が強いのです。


 処で、遅延と余韻を私が斯様に呼び分けている理由は、それらを音楽的に照らし合わせると更に明確にする事が出来るという事に基づいております。

 一般的に、「遅延」として耳に届く場合は概ね《楽節の反復》或いは《楽節の追行句》として耳にされやすくなる一方で、「余韻」として耳に届く場合は《楽節の掛留》或いは《楽節の保続音》として耳にされやすいのであります。

 楽節の場合の例としてそれが素朴な打楽器であれば、打楽器音そのものが《反復》に聴こえるのか!? それとも《余韻》を伴って新たなる音質を形成するのか!? という違いをあらためて想像できるかと思います。茲に多様な音高変化が生じていた場合、遅延と余韻とでは、全く異なる音楽像がイメージされる訳でもあります。

 反復や追行句はフーガを生む事に貢献したでしょう。J.S.バッハは音楽を包摂するばかりでなく、フーガの大家であった事をあらためて思い知らされます。また、追行句のそれは人々の記憶を念押しする様にも作用したでしょう。それと同時に残響である余韻は、和声の発展にも大きく寄与したのでありました。

 これらの要素が今猶音楽に於て強い影響力を齎している事がお判りになるかもしれませんが、現今社会では「残響」をあまりに容易く取扱えるが故に、配慮のないままに使用してしまう人は少なくありません。

 遅延や余韻すらぞんざいな扱いとして使ってしまうという陥穽に陥るという訳です。今一度、遅延と余韻の違いだけでも丁寧に取扱うだけでも音作りだけではなく、作曲レベルにまで拡大可能な手法に成り得る訳ですが、大多数が躍起なのは「音質面」という音色のキャラクター変化ばかりに注目してしまうという陥穽があるものです。

 音楽に於て遅延が「追行句」──つまり輪唱──の様に耳にする状況は、相当な遅延差を生じている状況にあると言えるでしょう。

 例えば大きなスタジアムで、太鼓や手拍子のそれに対して合わせているつもりなのに、聴こえて来る音がどんどんズレて行ってしまう現象に遭遇された方は少なくないであろうと思うのですが、「伴奏」の様にして他者の音を聴いているこうした状況では概ね自身の近傍地よりも遠くの方を頼りにしています。

 相手に合わせ乍ら自身も奏するという状況が距離に伴う時間差でズレて行き、収まりの好い所のズレに合わせて新たな拍を合わせてしまうという事で、これが連鎖的になり際限なくズレて行ってしまう訳です。西洋音楽に於けるオーケストラはどうやってこうした問題を解決しているのかというと指揮者の存在です。音はどれほどズレようとも視覚のそれは殆どズレない事と、惑わされる事なく演奏する技術であの様に実現しているという訳です。


 扨て、ドラム・レコーディングなどのマルチ・マイク録音に於てどの様に収音されているのかというと、マイクの指向性の違いがあれどマイクが狙った先にある音源とは異なる音も巻き込んで収音(カブリ)されるのが実際であり、複数のマイクからのカブリがあるのが実際であるという状況を理解する必要があろうかと思います。

 ドラムを録音しようとする場合、マイク1本でドラム・キット全てを録った音というのは、録音した音の全てが自然の状態に最も近い事となり、あらゆる相殺・強調が起きた状況を録音した物であります。録音する1本のマイクの形式がどのような物であれ、マイクに直接風が当たる(フカレを生ずる)様な状況でなければ、マイクの収音となる結果を妨げる要因など起こらず「最強」であるとも言えるでしょう。

 然し乍らドラム全体を収音する事により、キック、スネア、ハイハットなどのピースの独立感に乏しく、リハーサルをそのまま録音したかの様な音になるのも事実。マイク収音としては「最強」の地位を保とうとも、音のキャラクターが最強かと言うと決してそんな事はないでありましょう。寧ろ脆弱に聴こえてしまうかもしれません。唯、モノラル収音の良さというのは矢張り「最強」でありましょう。 

 どれほどピンポイントでマイクを向けようともマイクで狙った音は単に、収音時に最も優勢的なエネルギー量となる音が収音されるに過ぎず、狙ってはおらぬ優勢的ではない音もカブリ音として収音しているという訳です。何故なら音波は水辺の波紋の様に伝播しているので、狙った音以外の音波の伝播も拾っているのですから至極当然の事でもあります。

 高域周波数は指向性が鋭く、減衰も早い事が多いので音の伝播が低域周波数の様な分布にはならないでしょうが、伝わって欲しくない場所に音が伝わらないという状況を生むのは非常に難しい事でしょう。

 例えば超音波帯域で再生されるスピーカーを用いて、その再生音が「差音」である様にして差音が人間の可聴帯域に再生される様にすれば、超指向性としてのデジタル・スピーカーとして特定のフィールドでしか聴こえない音場を生む事はあっても、自然環境の状況でこうした特殊な状況を生むとという事はまあ有り得ないと思います。

 カブリを全く無くせば良いという物でもなく、優勢的な音ではなくとも音色キャラクターに貢献しているという訳ですが、こうした音色に関与しているカブリ音をあからさまに「遅延」として聴こえる様にしてしまうと、音色形成というよりも残響感が際立ってしまいがちであります。

 ところが、《痩せ細った原音》に残響が加わるだけで《圧が増す》様に聴こえてしまう事を好い事に、肝心の音色形成よりも残響付与に注力してしまう様な音作りをしてしまう時代もありました。概ね「ゲートリバーブ」やデジタル・リバーブ全盛期の頃に多く見られた悪しき慣習のひとつであったろうとも思います。

 こうした収音の実際にて複合的に合わさった結果に依ってドラム・レコーディングの音が決定されているという訳ですが、各マイクを通っただけの音を耳にすれば、よくもこんな音がドラムの音色に貢献しているものだ、と思わせる様な音であったりと驚かされる事が多い物です。


 例えば、1組の一定間隔の間接音を生み出すやまびこが147ミリ秒毎に繰り返されている状況があったとして、そこにもう1組のやまびこが191ミリ秒毎に繰り返されていたとすると、これら2組のやまびこは巧いこと素数の関係であるので両者のやまびこが完全に重なり合って遭遇する事無く鳴る状況となります。

 更に、147ミリ秒と191ミリ秒間隔で鳴る其々のやまびこが等しく繰り返されても、やまびこ同士は重なり合う事なく間隙が埋まる様にして結果的に濃密な「残響」である《リバーバレーション》を生む事となります。



 とはいえ残響を効果音として用いる一般的な認識としては、間接音同士の音の間隙がくびれとなって聴こえない《遅延の集合体》を活かして《遅延差のくびれを感じさせない》という物を指しており、リバーブとエコーという呼称を使い分けるという方は音楽機器に相当馴染みが無い限りは少なくなるのではないかと思われます。

 つまり《リバーブ》とは、間接音同士のくびれの無い音であり、《エコー》の場合は間接音同士の間隙を感ずる音であるとも呼べる事になるのです。

 一定間隔の遅延が齎すのは《定在波》に代表される様に、直接音が持っている特定の周波数の半周期と重なった場合打ち消しあって相殺されます。例えば、或る直接音に1kHzの音が混ざっているとします。1kHzの純音の全周期は1ミリ秒ですので半周期は自ずと0.5ミリ秒となります。つまり、0.5ミリ秒の遅延が生じた場合、1kHzの周波数は打ち消し合う事となります。

 直接音が純音でない限り、それは《複合音》という状況になります。複合音は多くの部分音を形成しており、例えば或る一人が単音を歌い上げたとして「単声」となる歌声は多くの「部分音」で形成されている物で、よほど特殊な状況でない限り通常我々は複合音を聴いているのが日常であります。そうした部分音が、間接音を得る距離に対して強調し合ったり相殺し合ったりする状況が必ず生ずるという訳です。 


 扨て、リバーブとして知られる ‘reverberation’ とは、部分音同士が相殺された遅延というプロセスを経た後に生ずる残響の《結果》であります。

 ですのでリバーブというのは、やまびこの様に一定間隔で鳴る遅延とは異なり滑らかに埋め尽くされて間接音の間隙が判別しにくい複合状態であり、そういう意味では「素数」は残響として残りやすい状況になると言え、Lexicon社が ‘Prime Time’ を名乗っていたのは大きく首肯しうる所です。「素数の時間」でもあり、広告マーケティング業界で使われる夜のお茶の間の耽溺に浸る時間帯とのダブルミーニングでもあるという訳です。

 また、残響というのは単に音の反射という姿だけではなく、音波の物理的な持続のみならず人間の記憶にも関与し、それが心理的に固執・執着と関与するというのは先述の通り。物理的な音の持続は《掛留》として和声の発展に貢献して来たのでありますが、印象の中にも持続される記憶が掛留として関与して和声発展の根源であるのです。

 例えば、ドローン(現今社会で能く称される人工飛行物の事ではなく、原義である《持続する音》の意)という保続低音の様に作用する事もあれば、先行和音が鳴り止まぬ内に後続和音が執拗に鳴らされる事に依る和音の重畳化が典型的な和声発展へと繋がった例とも言えるでしょう。

 因みに音楽学に於けるドローンとは、その持続される《保続音》が主音、和音の第3音および属音が主たる使われ方であるという風に定義されており、ハーディー・ガーディーやバグバイプにもそうしたドローンを形成するアンサンブルが現れたりするものです。

 直接音が反射した姿となる《間接音》は、直接音が反射して遅延を生じて耳にするものです。反射音は凡ゆる方向から反射して来るのでありますが、一部は吸音されたり、先述の様に直接音に含まれる部分音の周波数の波長同士が別の部分音との周波数と強調しあったり或いは位相が異なって打ち消し合う様に作用する事もあります。

 更には、空気の温度差に伴って音の進み方が音度の高い方へ進む事により音の伝播具合が変化し、反射音の周波数スペクトル状況が大幅に変化する(高域周波数成分はより減衰しやすくなる)事もあり実に多彩です。

 夏場の砂浜でPAシステムを用いて大音量で鳴らしても音が散逸した様に感じてしまうのは、音そのものの速度が速く伝播してしまう為に耳元をすぐ通過していってしまう様な状況であるからです。寒い日であれば音速そのものが遅く耳に残りやすいので聴き取りやすくなるという訳です。

 厳密に言えば、耳で捉える空間の状況が、上方との温度差によって聴こえ具合が変わるという事になるので床面は概ね天井などよりも温度は低いものです(床暖房でなければ)。しかし、季節の大幅な気温の違い、或いは室内と屋外では耳元の状況と上方はまるっきり異なる状況が生じ、それが往々にして差が大きくなる事で音波の伝播具合に大きな影響を与えるという事を意味します。

 こうした温度差はホールでも顕著に現れる物で、ホール内ではフロア面よりも天井側の温度が低くなる為、特に夏場では全体の音としてはバルコニー席の方が明瞭に聴こえたりする物です。ドームやアリーナの様になだらかな形状ではなかなかそうした恩恵を受ける事は難しいですが、ドーム状でも武道館の様なすり鉢状の会場では、アリーナ席よりも上層階の方が音は明瞭に聴こえたりするものです。

 また、冬場の積雪時に周囲の環境音が妙に感度が良く響くのは、耳元の温度が低い事で伝播速度が遅くなり耳に付きやすいからです。特殊な気象条件では、上空の気温が一様に変化せずにムラが生じる様な時に、伝播の速い所と遅い所が生じて音が屈折し、本来ならば届かない所に音が届くという現象もある位です。


 扨て、間接音が一様に分布している状況こそがリバーブと呼ばれる物であり、《残響》そのものは正式にはリバーバレイションと呼ばれます。

 先述の様に、明確な間接音の繰り返しが間接音同士の間隙が露わとなり、それが直接音の遅延の様に聞かれるのがディレイ=エコー=谺(こだま)であると思っていただければ良いでしょう。

 空間に依っては、直接音が放たれる音源から等しい距離(≒等しい遅延の時間差)となる反射が起こる状況もあり、これは「定常波(定在波)」と呼ばれたりします。高校物理で習うので多くの人は耳にした機会があろうかと思います。

 因みに、反射音そのものは「リフレクション:reflection」と呼ばれ、反射音の凝集状態(つまり、くびれの無い遅延差が生む間接音)である残響を「リバーバレイション:reverberation」と呼んで区別されるという訳です。


 ところで、いざ音楽のレコーディングという状況に遭遇した時、それがドラムのマルチ・マイク録音などで音作りの面から《不必要な残響》に手を余す人は少なくありませんが、それは《必要な残響》と直接音とのバランスを上手く取り扱えていないのが最大の理由です。

 ドラムの音というのは打楽器に分類され、打楽器の類は往々にして音の減衰が早く、ドラムの音を組成に関与している音色は、我々が通常耳にするそれが「直接音」だと思い込んでいる減衰の早い音であっても「間接音」という残響が音色形成と成しているのが実際であります。

 こうした間接音の複雑な絡み具合が「残響」とまで認識されない早さで減衰しているに過ぎません。そうした状況を鑑みれば、音の形成をあらためて観察する事はとても重要であるという事を先ずは念頭に置いて欲しい部分であります。

 抑も残響の正体とは、直接音が有していた《低次の倍音が最後まで響こうとして反射された間接音の集合体》です。換言すれば、物理的に低い周波数の基音ほど長く残ろうとする訳です。直接音には高次倍音成分となる部分音も含まれている物ですが、高次倍音の場合は低次の倍音と基音が残響という形の間接音に変化していつまでも鳴り続けようとするのとは異なり、減衰は非常に早いものです。

 無響室に入った経験のある方ならお判りでしょうが「残響」と呼ぶには凡そ程遠い位に、意識的に感ずる事の無い極めて短い残響が直接音に潤沢に付加されているのが実際であり、それが音色形成に貢献している物であります。

 音響的には「ドライ」と表現される生活空間での生の人声ですらも、実際には《潤沢な》残響が付与された結果であるという事を無響室では思い知らされる事でありましょう。

 日常的な生活空間にて凡ゆる環境音を耳にしていようとも、その環境音をいざ詳らかに科学的に分析してみると、もはや《残響》と認識しなかった状況ですらも直接音への音色付与として非常に大きく関与している事をまざまざと思い知らされるという訳です。

 そうした音色形成に関与している──聴取者が実感していない遅延という姿の──間接音の関与はとても大きなウェイトを占めており、もしもそうした間接音の音色形成関与が全く無い状態があるとするならば、例えばコンボリューション・リバーブなどで応用されているIR(インパルス・レスポンス)が記録する間接音の情報などまるで意味を為さずに原音(直接音)と同様となってしまうでありましょう。

 極言すれば、現状リリースされているサンプリング音を基とするドラム音源に於ても、その収音そのものがどれだけエフェクト音を付与していない状況であろうとも、収音そのものに間接音を既に含んでいるが故の音色であるのがドラム音の現実でもあるのです。実際にはドラムのシェルやボトムヘッドが共振するまでの僅かな時間の中で既に間接音の関与が必ずあるので当然の結果でもありましょう。

 私が人生で初めて無響室に入りそこで声を挙げた時、私自身の喋り声がまるでスピーカーの高音域再生用の小型スコーカーやツイーターのみで再生しているかの様な、ペラペラの紙が共振しているかの様にか細い音として聴こえた事には実に驚いた物です。残響などとは到底意識していない低次の倍音成分の反響が、日常生活ではそれほどまで音色形成に関与していたという事をまざまざと実感した物でありました。

 最近のネットメディアで紹介されていた下記の記事などは好例でありまして、残響という「余韻」が如何にして音色形成に貢献しているかという事があらためてお判りいただけるかと思います。

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2206/15/news065.html

 例えば居住空間での残響の場合、その部屋の住人が残響に無頓着な人であろうとも残響の多い部屋に生活する人は響きの要因となる生活音を抑えようと概して室内が静かであり、残響が少ない空間で生活する人は室内での会話や生活音が無頓着で大きくなりやすいという傾向があるものです。

 人間が営む平時の空間に於て、間接音を生む「反射」が著しいのは概して床面なのでありますが、人間の生活空間として必要な動線・居住・生活必需品の配置などに必要なスペースでありついつい見過ごされててしまいがちな空間でもあります。まあ、敷物があったり物が置かれているにしても真っ平らな状況が多い事でしょう。録音スタジオなどでも床は一様に平らですので、反射音からしてみれば絶好の空間でもありましょう。

 フローリングや畳でも残響は如実に変わりますし、カーテンの存在は勿論の事、カーペットでもかなり残響を抑える方に働くものです。ホテルの通路のカーペットがフカフカだったりするのは残響を避けて静かにする為の工夫な訳です。

 残響チューニングの為に壁に色々な工夫をするのは能くあるシーンですが、兎にも角にも不要な残響を手っ取り早く回避するには、床面に吸音材となる様な物を置いてみる事もオススメします。意外にも効果が大きかったりします。

 大きめの箱を整列させずに積んで床に配置させた後に、その箱に毛布を被せたりなど。或いはカーペットやカーテン類を床に置いてみたりなど。床面の方が効果が大きかったりする物です。吸音となるそれに重量があると更に効果が増大しますが、場合によっては冬物の上着を床に脱ぎ捨てる様な事も笑い話ではなく効果があるものです。広い空間であればあるほど上着程度では効果は出にくいのは当然ではありますが。但し、ドラム周辺に置く事は一考の価値があります。

 レコーディング・スタジオや舞台ではフカフカのカーペットを使えるという状況は相当少なくなりますが、残響を抑えたい時に床面が視野に入っていないと仇となりかねず、マイクも床面からの高さを考慮したセッティングが必要となるのです。床面というスペースは一次反射音としてそれほどまでに大きなファクターであるのです。

 不必要な残響は抑えた方が好ましいのですが、音色形成に関与している「残響」もあるので茲にも配慮する必要があります。斯様な音色形成に大きく関与している短い残響は、得てして人間の感覚的には「余韻」と感ずるほどには認識してはおりません。聴き手がどれほど残響に無頓着であっても、高次倍音がほんの少し纏わり付いていただけで音色形成にどれだけ貢献していたかという事を認識可能だという意味なのです。


 扨て、DAW初心者の多くがドラムのマルチ・マイク録音などのサンプルやらで音作りを積極的に取扱えずにデフォルト設定に毛の生えた程度でしか弄れなくなってしまう真相は、音色面に寄与する残響と長い残響を区別して取扱えない事にあります。

 現今社会では数多のドラム音源がリリースされており、DAWアプリケーションを用いてそれらのソフトにアクセス可能なユーザーが増えているものの、多くの場合は長めの残響が付与されてしまっていて音色面の活かし方を知らない人の方が圧倒的多数です。

 私が理想とするマルチ・マイク録音の音というのはハーヴィー・メイソンやラス・カンケルの音なのですが、奇しくも米国西海岸界隈で持て囃されたレコーディング方法論という事になろうかと思います。無論、マルチマイクは英国のリバーバレイション活用が醸成させたという歴史もあるのですが、70年代のブレッカー兄弟やザ・セクションなど、ああいうオーソドックスな音は《残響とは感じ得ない音色形成の為の残響》の必要性があらためて判る音であろうかと思います。







 また、マイクも大別してダイナミック型とコンデンサー型に分ける事ができますが、前者を喩えて言うと、間口を大きく取って凡ゆる音をガッシリと受け止める様なイメージを抱いてもらうと好いでしょう。他方後者の場合は、満々とコップに水が溢れんばかりに満ちている状況で「音」という滴が落ちて来たとします。そうしてコップから溢れた量を正確に表すというイメージを抱いてもらえれば違いがお判りいただけるかと思います。

 基本的に、ダイナミック型の方が豊潤で厚味のある音として収音し、コンデンサー型は各ピースを繊細に捉えたり、金物類の空気感などを鋭く捉える傾向にあるでしょう。

 ドラムキットを複数のマイクで収音するという状況は、カブリ音も含めてマイク同士の距離が災いして位相差による音色変化が現れてしまう可能性が高まります。またそうした音色変化はコム・フィルター効果が起こり、概ね「音痩せ」として現れ低域の周波数ほど強く現れる物です。

 そうした状況を克服するにはマイク・セッティングや位相反転の有無やレベル調整などを細やかに設定する必要があるのですが、特定の周波数のコム・フィルターとして明確に現れている時は却ってその周波数を特定しやすい状況でもあるので、こういう時に「オール・パス・フィルター」というプラグインを使えば、任意の周波数のみ位相を変えるプラグインがあるのでお使いになられると良いでしょう。次の画像はAirwindowsの 'Phase Nudge' をDDMFのPlugindoctorで見た物です。

PhaseNudge.jpg


 扨て、「長めの残響」はラウドネス感が増強するからであり、これは直接音が持つ低次の倍音が残ろうとする姿です。然し乍ら音色面には不必要な残響であり、このラウドネス感を少なくさせる事が先ず重要なのです。

 無論、充分な部屋鳴りを意識した状況ならばこうした低次の倍音が残る姿を敢えて使っても構わないのですが、概してそうしたドラム音というのは音色形成の為にはあまり役に立たない残響の活用です。不必要なラウドネス感を消失させるのに最も手頃な方法は、反射音にHPFを通過させて処理するのが最も重要です。

 比較的残響がデッドなドラム音を追究するのであれば、オーバーヘッドには160〜220HzのHPFのカットオフ周波数(1極フィルター)が望ましく、オーバーヘッドより若干遠いルームマイクは220〜280Hzでの1極フィルターHPFのカットオフ周波数を通過させて処理するのが無難でありましょう。またこの際、オーバーヘッドの高域はシェルビングでブーストしてあげても良いでしょう。

 勿論、ミックスの例は一義的には収まらないので、オーバーヘッドよりも物理的な遅延差が大きいルーム用のアンビエンスの方をオーバーヘッドよりも大きくミックスする事もあります。こうしたミックスが持て囃されるのは、ラウド感をある程度の残響で得たい場合です。

 例えば、原音そのものがデッドな音であったり、或いは原音をキーペックス(現在、SoftubeからValley PeopleのKepex IIのエミュレーションと思しきプラグインがリリース中)がやらのゲートで短く切った音というのは音色形成に貢献していた間接音の削ぎ落とすので、音色キャラクター的にはかなり痩せ細った音として耳に聞こえてしまいます。そうした音をラウド感を演出する為に、広いレシオ比でスレッショルドを深く採ったコンプレッサー/リミッターを介して、原音の減衰部分(謂わば母音の様な成分)を強調しようと試みられて、深いコンプレッサーも多用された訳です。

 そこに残響が付与されて、残響をスパッと切るとゲート・リバーブが生まれたりしたという変遷を辿って、深い残響付与が忌避され乍ら、マルチ・マイクによる音色形成を優勢に捉えた時の遅延差での残響テクニックが持て囃される様に変化して行ったという訳です。こうした音作りはレニー・クラヴィッツ登場以降、新たなるトレンドとなって行った様に記憶しております。

 非常に大胆な音色キャラクター形成を企図する場合、ルームマイクを大胆に先述の帯域よりも1〜1.5oct上辺りからスロープ・オフが始まる様な設定も有り得ますが、フィルターを取扱うに際して用いられる「1極」という単位は、1オクターヴ辺り±6dBという事から、'slope-off' は減衰を意味する訳ですから、オクターヴ辺り6dB減衰するカーブであるという事を念頭に置いて欲しいのです。

 仮に220Hzを中心にした場合、その1オクターヴ上は440Hz、1オクターヴ下は110Hzという事になります。1極のHPFでスロープ・オフ周波数が220Hzの場合、110Hzにある音は理論値として6dB減衰しており、55Hzは110Hzよりも更に6dB減衰しているという事を意味します。

 他方、440Hzをスロープ・オフ周波数として1極のHPFを設定した場合、220Hzは既に6dB減衰している事となり、110Hzでは220Hzよりも更に6dB減衰する状況となります。─①

 それならば、110Hzが理論値として12dB減衰するであろう(厳密にはそれほど単純ではないが)という事で220Hzをスロープ・オフ周波数として2極としてHPFを通した場合─②を比較してみましょう。

 先述の①では少なくとも440〜220Hzの帯域では減衰の関与を受けております。②では220Hz以上の周波数は何ら減衰に関与される事はない(しかし急峻である)という事を意味します。

 これらを踏まえた上で、ドラムのマルチ・マイクでのローカット活用に繋げると音作りに役立つと思います。少なくとも、多くのドラム・トラック用の簡易的なイコライザー&ダイナミクス系のプラグインというのは、低音が極めてブーミーなイコライジング・カーブを描いている物です。

 そうした低域のあからさまなブーストは、低次の周波数から整数倍で発生する歪みによる音色変化を視野に入れた上で複雑なカーブを中低域に備えているという念頭に置くと判りやすいかもしれません。

 何故かと言うと、ドラムキットを複数のマイクで収音しようとしている時点で直接音となるターゲット音と各マイク同士の距離が微妙な差が《看過しきれない》程の位相差は生じており、それはコム・フィルター効果が出てしまっている事で概ね低域が干渉する事で相殺してしまって音が痩せ細る所の痩せ細るという訳です。ハナから避ける様にしたカーブをプラグインが施しているという事もあるでしょう。

 とはいえ、上手くゴニオメーターを確認し乍らマイク・セッティングやらレベル調整と位相反転の有無を確認しさえすれば、そうした状況を逆手に取って音色設定に働かせる事ができる訳です。

 また、そうしたあからさまな低音のブーストは、ドラム・セットでも直接関与しているのはキック音位のもので、中低域にまで関与させる複雑なカーブの実際は、中域の音色関与の為に作られたカーブなのだと思っていれば、カットしても十分な程の大胆で複雑なカーブで設計されていると念頭に置くと良いかもしれません。

 ProTools出現以降、ドラムの各チャンネルはサンプル単位の遅延補正で発音タイミングを揃えるのも良しとされて来ましたが、スネアのトップとボトムでサンプル単位で発音を完全に合わせたとしても、実際のスネアには胴の厚みによる物理的な距離があり、トップとボトムでは僅かな距離がある訳で、必ず「位相差」と呼べる遅延が起こる訳です。

 トップとボトムをどちらも同一のマイクで拾った場合、それは位相差に依る特定の周波数帯の干渉による相殺と相乗効果で得られた収音に過ぎないので、ひとつのマイクで位相差を弄ろうと企図しても無理である訳で、そうした音色キャラクターであるに過ぎない訳です。

 ドラムの各パーツでは、少なくとも腕の距離とマイクの距離位の遅延(位相差)は発生する訳ですから、嘗てはそれらの位相差は反転スイッチと緻密なマイク・セッティングで音を作っていたと言っても過言ではないでしょう。ステレオ・ゴニオ・メーターでのリサジュー曲線が大きく歪んでいなければ位相は合っているとして判断されて録音されていた訳です。

 そういう意味ではサンプル単位の遅延差の編集は理に適っている部分はあるものの、マイクのキャラクターやセッティングに伴う僅かな遅延差で得られる音色変化の方が遥かにメリットが大きいと私は断言するのですが、キック音のバウンダリー・マイクとキックのアウト音で収音したマイクの位相だけはキッチリ合わせたいという方も居られるでしょう。こういう時にサンプル単位の遅延補正は効果的だと私は思うだけで、位相差に伴う音色変化は、サンプル単位で行うよりも位相反転での確認で十分だろうと感じております。


 扨て、ドラム音というのは音色のひとつとなっていて残響と感じない初期反射と、ラウド感溢れる共鳴感が潤沢なドラム音という2つがあり、これらの中間に類する音が概して「デッド」な音という風に括られます。前者こそがデッドであろうと思われるかもしれませんが、茲までの間接音を排除できた場合、異質な音となってしまう物です。

 また、ラウドな残響が付与されているせいで、本来ならばその残響さえ上手く取り除くと意外と好みのサウンドに仕上がるにも拘らず、ゲートやEQを使いこなせずにドラム音源のそうしたラウド感溢れる音の編集がうまく行かずに、デフォルトのまま渋々使っていたり、弄りさえすれば使える音になるのに使わないままにしてしまうという人も少なくないかと思います。

 そうした残響を排除できるプラグインは有りますが、初期反射の部分まで排除しようとするプラグインは遉に無いと思われます。ゲートとは違う処理で残響をカットしようとするプラグインがあるものの、サイド・チェイン・フィルターが効かせられるゲートこそがドラム音の不要な残響をカットできる代名詞とも言えるでしょう。興味深いと思われた方は、私のブログでブログ内検索をかけていただければ古い記事ではありますがMetric HaloのChannel Stripを用いた記事を見つける事が出来るでしょう。


 今回はあらためてゲートも語る事にし、Focusriteのbx_consoleやWavesのSSL類のチャンネル・ストリップでのサイド・チェイン・ゲートのスネアやキックの設定例などを載せておく事にします。尚、今回のデモに用いているスネアはBFD3の 'Tamburo Opera Snare' というピースを使い、キックは 'Ludwig Visalite Kick of Doom' というピースを用います。これらはデフォルトではどちらも残響が長い類の音です。




 特に先の 'Ludwig Visalite Kick of Doom' というキック音の特徴的な音はキック以外のリバーブが付与されているのではなくチューニングにあり、キックの胴鳴りとボトムヘッドの共鳴であるのですが、先ずビーターがドラムヘッドに当たって胴鳴りが短三度ほど下がってから、そこから更にボトムヘッドが1オクターヴ下がって共鳴します。

 ざっくりと表すと、ビーターが当たった時の [f] の音─①は短三度下がって [d] の胴鳴り─②があり、その後ボトムヘッドの共鳴が1オクターヴ下の [d] が鳴る─③、という状況です。つまり、トータルで15半音(=1オクターヴ+短三度の短十度)下がるのがデフォルト音の共振による音色キャラクターだという事です。ゲートで上述①〜③の状況を切るとなると、②と③が切る事が視野に入れられる音色設定という事になります。

 次の埋め込み当該箇所でのキック音は、SSL EV2のゲート部のみカットして、余韻を敢えて残した音で後段のTR5 Classic Compのキャラクターが色濃く残る様にした物です。




 確かにこうしたキック音は、ゲートで切り過ぎるよりもアンサンブルに混ざってしまえば然程残響は気にならなくはなります。とはいえ、そうした成分が残る事で、結局はアンサンブルのレゾナンス除去などのエフェクト(つい先日リリースされたWaves Curves Equatorなど)に頼らざるを得なかったりするのであれば、早期の段階でカットしておくという事も得策でありましょう。

 とはいえ、このゲートのみを切った音は短三度落ちる共鳴の部分が明確にならぬ様にEQを施しています。ダイナミックEQならもっと消えるかもしれません。そのEQはSSLのEQに頼っているという訳です。ざっくり言うと、[f] から [d] へと短三度下がった音が更に1オクターヴ下の [d] へ下がるのがデモのキック音のデフォルトなのでありますが、上方の [f] から [d] のそれを目立たなくしているという訳です。

 ひとつの音色キャラクターに注力してしまうと、そのあからさまに浮き立っている感じが客観視できなくなり、概してその良し悪しの判断が麻痺してしまいがちとなります。キック音の音作りに注力してしまうがあまり、低域の余韻が上手い事他の帯域バランスで馴染んでしまったりするとカットしようとする意欲が蔑ろにされてしまいがちという訳です。

 それでなくとも、低域が豊かであれば「圧」が加わる訳ですから、元が貧弱であればあるほど圧を欲しがりかねないという志向になりがちなので、それを抑止する為にも必要な判断は早期の内に下していた方がバランスが取りやすくなろうかと思います。


 扨て、スネアに対してある程度自然なゲートでカットし乍ら、ロールで完全に開きっぱなしにならない様にFocusriteのbx_consoleを使うとなると、大体次の様な設定となりまして、必須となるのは下図で示される様に、赤枠で括っている部分です。

01_bx_console.jpg





 赤枠上部のGateスロットでの 'Link' が意味しているのでは、私がアサインしているスネアのアウトプット設定を偶々ステレオ出力にしているのであるからで、bx_consoleへの入力は自ずとステレオ入力となるからで、両チャンネルで同一の効果を得る為に 'Link' をアサインしているに過ぎず、モノラルで対応している方は茲で 'Link' を解除しても何ら問題はありません。

 その上でこのスロット内で必要な設定は、'Range' を最大にして 'Fast Attakck' を入れるという事。その上で 'Threshold' は最大から適宜弱めた辺りの範囲が、ゲートを《切り過ぎず残り過ぎず》という設定になろうかと思います。

 また、この画像で 'Expand' を入れているのは、弱音部を持ち上げるという事を期待した上での設定で、他のプラグインではエキスパンダーとゲートを単体で用いるのはなかなかないと思われるので、bx_console独特の設定として 'Expand' を入れております。

 また、赤枠下部分のスロットでHPF部分での 'FILTER TO GATE' をオンにするのは最も忘れてならない部分であり、これによりHPFがカットする帯域(即ち低域部分)でゲートが作用するという事を意味します。LPFならば高域成分でゲートが作用するという事になるのですが、不要な残響成分は概して低域に残る(低次倍音成分および基音が残ろうとする)訳ですから、その成分でゲートが作用する様に設定すれば好い訳です。

 同様の設定をSSL系のチャンネル・ストリップを用いた場合、今回はWavesのSSL EV2を例に設定すると次の様な設定となります(YouTubeの動画は他のSSLチャンネル・ストリップの音も聴く事ができます)。

04_SSL_EV2.jpg





 右側の赤枠で囲った 'EQ TO' で 'DYN S.C.' を機能させ、左側の赤枠の下部分である 'FILTERS' でのHPFを240Hz付近にして、同じ枠内の上部分の 'GATE' を機能させ 'RANGE' は目一杯振って、'THRESHOLD' を細かく弄り乍ら 'RELEASE' のタイムを200ミリ秒以下程度に抑える様に設定すると大体上手くいきますが、ゲートと雖もダイナミクス系のエフェクトであり、入力信号の大きさや周波数分布の違いもあり、どんな信号でも同一条件になるという事はありません。

 このデモのスネアの音をざっくり言うと、[g] の音が優勢に出ている訳ですが、ボトムヘッドの共振は「1オクターヴ+短六度」上方の [es] が顕著に共鳴している訳ですね。少なくともボトムヘッドの長六度または1オクターヴ+長六度上の方が望ましいと思うのですが、遉にそうした調整ができないのがもどかしい所ではあります。


 例示している設定はあくまでも通常取扱う適正範囲での入力信号の度合いでの設定例にすぎないので、その辺りは色々各自工夫を凝らして調整してみてほしいと思いますが、設定すべき大枠の部分は茲で語っている通りです。

 SSLのチャンネル・ストリップ類に於けるサイド・チェインに用いるHFPロールオフの周波数設定値となると、スネアの場合が240〜260Hz辺り、キックの場合が160〜185Hz辺りを目安にすると、ゲートが巧い事切れてくれると思います。

 これらの周波数設定値のいずれもが実際のスネアやキックの最低音とは微妙に異なる訳ですが、基音にドンピシャな感じで設定してしまうと、ゲートのかかりがブリージングの様に息継ぎ感が出てしまうので、その辺りを避けつつ設定するのが肝要でありましょう。スネアは基音よりも僅かに高い方、キックは第2次倍音の僅かに高い方を狙う様な周波数設定値となるのが上述の通りとなる訳です。

 次の動画の埋め込み当該箇所ではSSL EV2を用いてキックの不要な余韻をカットしたセッティングを実際に耳にする事が出来ます。




 斯様にして、ゲートが周波数の全体域をトリガーにして作動してしまうのではなく、制限した帯域に作動する様にし乍ら、残った音も不要な部分を減衰させるというテクニックというのがサイドチェイン・フィルター・ゲートである訳です。

 ノイズ・リダクション系のダイナミクス系の動作はLPFをトリガーにして動作しているとも言えるでしょう。凝った作りの回路は、トリガーさせる帯域をマルチ・バンド化させてLPFとBPFを組み合わせたりもしているでしょうが、これも帯域制限で動作するゲートと変わりはありません。

 加えて、次の譜例動画はBFD3の拡張キット 'The Black Album' を使ってゲートの処理を甘めに掛けて作ったデモであります。




 微分音を随所に使っているのでありますが、ドラムのゲートの方について語っておきますと、本曲でのゲートが甘めの設定であるのは、マルチマイク側(オーバーヘッドやアンビエンス用の信号)を抑えてミックスしているからです。

 また、マルチマイク側の方の出力を抑えるという事は、間接音が長く響こうとする残響を抑え込み乍らも音色形成に貢献する様にしなくてはなりません。唯、露骨に音色形成に躍起になってしまうと不要な残響を随伴させてしまう。それを避ける為に抑え込んでいるという訳ですが、弱めにゲートを掛けた設定となっている訳です。

 ヘヴィな音を形成するには残響も必要かもしれませんが、それをやり過ぎると不要なレゾナンスを作る事にも繋がりかねないという訳で、音色形成の為のアンビエンス類とゲートは極めて絶妙なバランスで弱めにかけている、という事なのです。

 余談ではありますが、本曲の微分音はギターとベースが四分音を用いており、'Sine Wave' と 'Square Wave' のパートは四分音と六分音を標榜しています。微分音の箇所には本位音からの変化量であるセント数を振ってあるので、それに合わせて確認していただければお判りいただけるかと思います。

 尚、四分音のフォントは 'Finale Maestro' 、六分音がアンドリアン・パートゥー氏制作の 'Microtonal Notation' フォントを使用しております。

 茲であらためてアンビエンス用の音について語っておきますが、間接音を露骨に狙う為にコンデンサー・マイク類を音源の数メートル上方の天井側を狙って収音する事もあります。微妙にスラップ・ディレイ感のある遅延が付与されるのですが、音が散逸しやすい上方の空間である為、低域の溷濁が比較的少なく収音可能であろうと思います。そうしたスラップ・ディレイ感すらあるアンビエンスをアコースティック・ピアノに使用しているのが次の、スタンリー・クラークの「Psychedelic」であります。エンジニアの名は知らない人は居ないであろうジョージ・マッセンバーグ。




 まあ、AMSのリバーブやEventideのH-949をを使って、プリディレイを73〜83ミリ秒程採ってアーリー・リフレクションまたはフィードバック・ディレイを使ってやっても似た様な80年代に能くあるアーバンなアンビエンス音として似せる事ができるでしょうが、低域の絞り方などを耳にしても、おそらくアンビエンス用のマイクで収音していると思われるのが先の例となるので、忌避しなくても好いアンビエンスの例を吟味していただければと思います。


 扨て、BFD3に用意されるパラメータでは、エフェクトとして特にゲートを駆使する事なくとも 'Damping' パラメータを弄る事で減衰を早めてデッドな音にする事が可能です。こうした設定で最大のメリットは、マルチ・マイク類(オーバーヘッド、ルーム、アンビエンスなど)への音も随伴して減衰してくれるという利点があります。とはいえ、あまりに減衰を早めてしまうと、音色面に関与する間接音の排除にも繋がってしまい、音色形成に必要な成分・帯域を殺してしまうのです。

 またゲートにおいそれと食指を伸ばしづらいのは、通常設定のゲート動作が周波数帯の《全帯域》で動いてバッサリ切ってしまう為、リリース・タイムやホールド・タイムを上手く活用しても全帯域でのカットで細かく操るのはかなり難しくなってしまうという所にあります。

 スネアの「2・4ヒット」位での単発系ならばまだしも、十六分音符よりも細かい音価で、例えばロールなどを行うと、全帯域カット型のゲートだと逆に開きっぱなしになってしまうので、ロールをしている間は潤沢な残響が露わになってしまう訳ですね。

 全帯域カットでゲート動作を避ける為にサイド・チェイン・フィルターとして動作する回路でゲートを操ると、ロールでも上手く閉じてくれる様になるのです。その際サイド・チェイン・フィルターとして動作するソースは、《セルフ信号かつHPFの動作》が必須条件となります。

 無論・サイド・チェイン・フィルターを駆使したゲートでも、速いパッセージのドラム音の各音に減衰が追従している訳ではありませんが、全帯域で動作するゲートのそれよりも柔和に切れてくれるという音になる訳です。この「柔和」な掛かり具合こそが重要と言えるでしょう。そうして、音色形成の為に不必要な低次の整数次倍音が残るのを避けて残った音は「カブリ」という、様々なカブリ音の集合体が音色形成の為の材料として残る訳です。

 また、残響成分に対してHPFを介したローカットを目的とする理由は、《不必要な低域の残響成分のカット》が目的でもあるのですが、敢えて残響成分となるチャンネルを逆相にして相殺させるという方法もあります。

 例えば、オーバーヘッド用チャンネルはシンバル類の金物の音色形成に必要なチャンネルですので、それ以外にルーム用チャンネルやアンビエンス用チャンネルという、比較的遠い所からの収音でのチャンネルを低域/高域という風に2系統に分岐させつつ、低域の側を逆相にして直接音の成分とをカットさせるという方法論も視野に入れる必要があるという事になります。

 先述した様に残響というのは、間接音に含まれる低次の振動数が残ろうとして存在しており、極言すれば基音は最も長く残ろうとします。残響があまりにも潤沢な状況であると残響の音響エネルギーによってファンダメンタル領域(間接音同士での差音で生ずる更に下方に現れるエネルギー)が増大しますが、いずれにしても低域に存在する物です。そこで低域にある残響の溷濁を排除する為に、残響成分のローカットが持て囃される事になるというのがリバーブを上手く活用するテクニックとなる訳です。

 扨て、残響成分のローカットを施すと音色面でどういう風に変化するのか!? という事を実際に試してみましょう。

 リバーブで誤解されやすいのがリバーブ・タイムとして明記されている残響時間です。残響時間とは音が鳴り始めてから音が無くなるまでの時間の事ではありません。残響時間とは厳密に定義されているもので、音が鳴り始めてから「60dB減衰する時間」の事を表しています。

残響の減衰時間の定義は1900年にW. C. セイビンが、

T=K(V/A)

T:残響時間[秒]
K:定数(=0.163)
V:室容積[立方メートル]
A:総吸音力

上記の残響公式を用いて算出される物なのです。

 即ち、-60dBに達する時間が4秒あったとして、直線的な減衰カーブで4秒かけて-60dBに達するリバーブと、リバーブ発生初期から急峻に減衰してから-60dBへなだらかに減衰する様なリバーブというのはキャラクターとして全く異なる物なのですが、リバーブ・タイムとしては全く同一であるという訳です。

 更に言えば、-60dBよりも低いレベルの残響が更に7秒かかって無音になるという残響のキャラクターを持つリバーブはリバーブ・タイムとしては「4秒」である訳です。


Das Testaments Des Mabuse / Propaganda のE/R(初期反射)エフェクトによるSEは、埋め込み当該箇所8:52〜から各小節3拍目で2拍に渡って低音のエレクトロなグロウル(呻き声)の様に鳴り響く音が入りますが、これは初期デジタルリバーブのアルゴリズムにも能くあった、初期反射(アーリー・リフレクション=E/R)をデジタル的に引き伸ばしている物で、何らかの音をこの引き伸ばしたE/Rエフェクトに通過させているSEであります。




 ドラム以外の音にかけるリバーブに於てもローカットはかなり大きなウェイトを占める要因であります。ですので、Busに送った信号にハイ・パス・フィルター(HPF)を介した上で、プリディレイとリバーブ・テールを長めに採ったリバーブ信号を原音に混ぜて使うというのが基本的なリバーブの設定と言えるでしょう。

 私のブログでは幾度となく取り上げておりますが、斯様なHPFをBus送りのリバーブに介してプリディレイを大きく採りつつリバーブ・タイムも稼ぐ残響の手法は、スティーリー・ダンのアルバム『Aja』収録の「Black Cow」でのドナルド・フェイゲンの歌うボーカル・トラックで学んだ物です。

 それがAメロ冒頭の 'In the corner' の [~ner] の直後にかかる長いリバーブ・テールであるのにプリディレイの確保とローカットが施され、非常に長く響いているのにも関わらず原音を毀損する事のない見事な残響テクニックであります。




 最近でも、IVEの「CRUSH」にてAメロ冒頭でウォニョンさんの歌う '重なるeyes(合図)' の直後にかかるリバーブも音の長さやかけ具合こそは大きくても(ディレイの後にリバーブ)、ローカット、プリディレイ、長いリバーブテールの三拍子を確保した鉄板リバーブの鉄板級のお手本となるテクニックを耳にする事ができます。




 低域信号は残響時間を決定づける要因でもあるのに、そうした深い関与となる低い帯域をカットしつつリバーブ・タイムを長く採ってリバーブ・テールを得るというのは何とも撞着する様な表現に思えてしまうかもしれませんが、通常、高域成分ほど減衰が速いのが反射音となる間接音である訳ですが、原音の音色補正にも一役買っている訳です。

 そうした音色の変化に伴い、長い減衰時間に伴って高域成分のリバーブ・テールの長さも随伴して際立つ様に聴こえるリバーブ・テールに設定する、というのが肝となる設定である訳です。


 斯様にして残響の長短を扱って縷々述べて来た訳ですが、短い残響というのは意図しない程の短さで音色形成に関与していたり、長い残響というのはフルレンジで聴こうとする必要はない残響をDAWミックスなどで視野に入れるべき、という事を語って来た訳です。

 また、DAW環境が普及する中で初心者の多くはリバーブが野暮ったいとして残響すら避けてしまうという事も少なからずあるのですが、長いリバーブが残ろうとする特性を判っていないが故に忌避してしまいがちという事に注意して、ドラム音の短い残響にも耳を傾けていただきたいと思う所であります。