
短いジングルゆえに忘却の彼方にへと葬り去られてしまっているのは音楽的な価値から照らし合わせても非常に勿体無い事だと嘆息し、本曲の凝縮された音楽の魅力を語るべきではなかろうかと思った次第であります。
本曲の取扱いはYMO達もそれほど重要視していなかったのか、それともYMOファンを蹂躙(好い意味で)していたのかは扨措くも、私個人の出来事としては1980年の初夏に戸塚のレコード屋で『増殖』を買った覚えがあります。
当時はYMOも広く知れ渡っていた絶頂期でありましたが「YMO」と明確に呼ばれる事よりも「イエローマジック」と短い呼称も結構根付いていた様な気がします。特に、YMOへの思い入れが強い人は「YMO」と呼び、YMOにそれほど思い入れを示していない界隈の人達は「イエローマジック」と呼んでいた様に思います。
とはいうものの「イエローマジック」と呼んでしまうと、細野晴臣のソロ時代のそれに加え芳野藤丸のワン・ライン・バンドの方をも想起させてしまう事もあって、「藤丸の方の」とか「藤丸じゃない方の」とかも能く言われていたモノでした(笑)。











